2014日本チベット学会報告

2014年10月24日に行われた「第2回チベット学情報交換会」と翌25日に行われた「第62回(2014年度)日本チベット学会大会」の報告です。

第2回チベット学情報交換会

10月24日(金曜日)の夕方に、第2回チベット学情報交換会が苫小牧市民会館2階の会議室 206で開催されました。この情報交換会は前回のチベット学会大会(高野山大学)の時に発足した会で、本体の日本チベット学会と付かず離れずの精神で、呼びかけ人の岩尾一史さんの言葉を借りると「よた話以上学術発表未満」を目指した集まりです。もう一人の世話人さんは西田サイコロ愛さんです。

情報交換会、今回も興味深い話しがいっぱい聞けました。

大川謙作さん(東京大学特任助教)「チベット社会論の探求」

大川謙作さん(東京大学特任助教)の「チベット社会論の探求」と題する話では、最近続々と公表されている昔の行政文書類から分かってきた荘園の構造や税金の仕組みについて情報提供いただきました。

荘園への内税とは別に中央政府への外税の話や、荘園内総動員と言いながら実際には外来の労働力への依存が存在したことなど面白い話がいっぱい。

小松原ゆりさん(明治大学講師)「チベット・清朝関係の建前と現実」

小松原ゆりさん(明治大学講師)の「チベット・清朝関係の建前と現実」では清朝皇帝へ臣下から直接親展され返事がもらえる交換日記制度があって、皇帝が直接コメントを書き込んだ満州語の史料やチベット語文書があることを教えてもらいました。

正式に残された歴史史料とは違う生の事情が分かる資料が残っていそうで興味深い情報です。

武内紹人先生(神戸市外国語大学教授)「言語学者のみかた」

武内紹人先生(神戸市外国語大学教授)の「言語学者のみかた」ではチベット学界で問題児なのは「仏教学」と「言語学」だというショッキングだけどナルホドな状況分析の中で言語学者がついつい陥ってしまう傾向を話されました。言語とは口語が一次的なもので文語は二次的にしか見えないことや、すべての諸言語に共通する法則があるはずだ、というところから物を考えることなどです。

武内先生は言ってはいなかったけど、仏教学者はもっと傲慢かも知れない。仏教以外にチベット文化は存在しないと思い込んでる仏教学者は未だに多いかも知れないな、と武内先生のお話を聞いていて私は思いました。

福田洋一先生(大谷大学教授)「カダム派論理学書の(秘)KWIC 検索サイト」

福田洋一先生(大谷大学教授)の「カダム派論理学書の(秘)KWIC 検索サイト」の報告は、カダム派全書に含まれる論理学関係の文書(ゴク、チャパ、ツァンナクパ、チュミクパ、チョムデンリクレルなど)に登場する単語や文脈の中での使われ方をとにかく検索可能な状況にするため、複数の研究者のデータ提供を得た上で情報を単純化し、KWIC 検索の形にしてオンライン上で構築しつつあるという報告でした。

この為のソフトは福田先生自身によって作成されているので論理学以外の分野でもデータが揃えば可能とのこと。仏教関係の他の分野や、行政文書や税関係文書のKWIC 検索もあれば便利かなというような話しが皆から出ました。

野村正次郎氏(文殊師利大乗仏教会)「ゴマン・アカデミー プロジェクト」

野村正次郎氏(文殊師利大乗仏教会)の「ゴマン・アカデミー プロジェクト」では、デプン・ゴマン学堂に伝承される仏教思想や文化をチベット人学僧と日本人研究者とが学術交流しながら広く情報発信をすることを目的としてこのプロジェクトが開始されたとの事です。

活動拠点は東京高輪のゴマンハウスと広島のゴマンヴィレッジで、チベット仏教語専門通訳の人材養成などの重点プログラム推進を目指すとのことでした。

第62回(2014年度)日本チベット学会大会

明くる10月25日(土曜日)午前10時からは、苫小牧駒沢大学を会場として第62回(2014年度)日本チベット学会大会が開催されました。
午前に4名、午後に4名の発表がありました。

ガザンジェ(金沢大学人間社会環境研究科)「チベット村社会における鳥葬の相違点─有名な鳥葬場の事例から─」

鳥葬場として有名なのは、デイクン寺、セラ寺、ガンデン寺などですが、現在でも鳥葬を行っているのは、デイクン寺、パオンカ寺、チャラン寺の鳥葬場です。けど実際は、鳥葬場・鳥葬師・村によって、やり方特に、死体を切断する方法はかなり異なるみたいです。

ここら辺りから怪しい雰囲気満載ですが、発表の途中で実際の写真なんかがプロジェクターに投影され、若い頃に民博で鳥葬の動画を見た後で食事がしづらかったのを思い出しました。今は私はベジタリアンですので(不思議ですね)見ている自分の感じ方に大きな違いがありました。全く質の違う話なので別の機会にします。

チョルテンジャブ(喬旦加布)(総合研究大学院大学・日本学術振興会特別研究員DC)「チベット・アムド地域におけるシャーマン「ハワ(lha ba)」─レプコン・ワォッコル村の事例から─」

発表者はずっと、チベット・アムド地域におけるルロ祭の調査を続けておられる研究者です。今回は祭りで登場するハワの問題を扱われました。

トランス状態になったシャーマンをハワlha ba(「神の人」の意)と呼び、トランス状態になっていない時はトンリthun res(役人)と呼ぶそうです。文革期に批判され、80年代以降、次第に復活してきたということです。村人はいまでも村の若者の悪事をハワが見抜いたり自然災害を予言しそれが的中したりするので恐れと敬意を持っているそうです。

岡崎清子(チベット仏教ゲルク派)「「『六座上師瑜伽」』にみる発菩提心─ラマの密意─」

「六座上師瑜伽」とは、六時(一日を4時間づつの6つに分けて節目ごとに儀礼をする修行です)に帰依発心しラマを本尊として観想修習する儀軌です。

発表者(日本人でチベット仏教の尼僧さん)はギュトゥ寺僧院長チャト・トゥルク師が著した『瑜伽タントラの主、世尊金剛界の儀軌次第』の中の「六座上師瑜伽」のところを解読しながら、自らの疑問点等をお話しになられました。六時の修行は日本の浄土宗なんかでも「六時礼讃」を唱えながら礼拝行をしますが、私がいま一番関心を持っている「修行と食」の問題と同じで、自分の体内時計と対面しながら毎日のいのちの歩みを見つめるものです。観念的なものと対極にあるように思います。

坪野和子(埼玉県立岩槻高等学校)「タントン・ギャルポ伝説をめぐって─パロ・ティンプーの現状2014─」

発表者はチベット文化圏における芸能分野の地域性と伝播の影響関係が知りたくて、それを音楽家の移動を併せて考察することで明らかにできると考えたそうです。そこでチベット音楽に大きな影響を与えたタントン・ギャルポの足跡を調査することを思いつかれたようです。

ブータンのパロを中心としたタントン・ギャルポに縁起すると伝承される橋・寺院・マニ壁、チョルテンおよびその周辺の画像等を紹介されました。

菅沼愛語(京都女子大学文学部)「1世紀以上に亘ってなされた約10回の唐・吐蕃会盟(706〜821年)の様相 ─唐から見た吐蕃との外交交渉─」

この発表は、唐と吐蕃の長期に亘る外交交渉の様相を、唐側の視点から先ずは明らかにしていこうという研究です。

唐と吐蕃は、115年もの長い期間に、約10回も会盟の締結や交渉を行っています。これは唐が吐蕃を無視できない強敵と看做していたことを表しています。唐側は、停戦や国境劃定に関心を持って交渉していますが、私が今回発表を聞くまで知らなかったのは捕虜返還の状況です。私の感心のしかたが変なのかも知れませんが、よくぞこれだけの数の捕虜を食べさせていたなと思ったのです。戦後の交渉を考えると捕虜というのは重要な駒だったんですね。

発表者は唐と突厥・ウイグル・南詔との相違点も考察し、唐が吐蕃との外交交渉において何を重んじたかを明確にしています。歴史学の研究者の発表は史料提示が丁寧で大変手堅い手法で、聞いていて嬉しかった。けど発表者が自ら言っていたように吐蕃側からの考察が必要なことは言うまでもありません。

崔境眞(東京大学大学院)「タルマリンチェンのsvabhAvapratibandha理解 ─’brel baの定義をめぐって─」

ダルマキールティ(法称)の『量評釈自注』に対するギェルツァプ・タルマリンチェンの註釈Thar lam gsal byedに基づいて、「’brel ba」の理解の背景をダルマキールティの著作の中から見出し、後世その定義の重要な要素の源流となった思想を明らかにしようとする発表です。

ダルマキールティは、所証に対する論証因の「本質的な結び付き」(svabhAvapratibandha)が成立している場合のみに、論証因と所証との間に必然的な関係が成立すると規定しています。単に異類に証因が見られないことだけでは確定できなくて、一方が無くなることによって他方が無くなるような関係であることが説明されます。それはちょうど、ドゥラ文献に見られる「’brel ba」の定義の一部「de log pa’i stobs kyis ldog pa」に相応するものです。福田洋一先生の言葉を使えば「無化の連動性」です。それに基づいてダルマキールティの本文をタルマリンチェンは注釈していることを発表者は指摘しています。

質問をした根本先生も指摘していましたが、「本質的な結び付きを持つもの」という存在論的な関心がドゥラ文献の著者たちには強いように思われますが、「無化」という言葉自体が示すように否定の論証因として使えるかどうかという論証方法的な関心が本来のものだったのではないかと私も思いました。

このようなドゥラ文献の考え方の起源を探る研究が体系化されることを期待して止みません。

根本裕史(広島大学)「ツォンカパ『縁起讃』の文学世界」

縁起の思想を解き明かしながら、それを最初に説いた仏世尊を讃えるという形式のツォンカパ作『縁起讃(rTen ‘brel bstod pa)』を美文詩として評価し、この作品の文学世界を浮き彫りにすることを試みる発表でした。

『縁起讃』がナーガールジュナの『中論頌』をはじめとするインド中観論書や大乗経典から多くの題材を得ている事や『縁起讃』の文体が『一百五十讃』などインド撰述の讃(stava/stotra)文学からの影響を受けている事、修辞技法には「事実の描写rang bzhin brjod pa」を基調としながら「掛詞を用いた隠喩sbyar ba’i gzugs can」の技法が見られる点などを指摘しておられました。根本先生は仏教哲学を中心にはしておられますが、音楽家的側面が多分にあり「美」に対する感性がその研究全体にうかがえます。教理的な関心だけではなく、チベット仏教文学が持つ美学的な側面もこれからは大いに議論されて良いと思いました。

福田洋一(大谷大学)「ツォンカパの自立論証批判」

ツォンカパ・ロサンタクパの中観思想において自立論証批判がどのような論理で展開されているかを明らかにしようという発表です。

このような問題をあつかう場合、従来はチャンドラキールティのバーヴィヴェーカ批判をツォンカパがどのように解釈、あるいは改変したかという視点での研究が多かったのです。しかし、ツォンカパは自らの主張を何度も要約しながら、ほとんど同じことを繰り返し述べているようです。帰謬派による自立論証批判が、論証方法についての議論ではなく、両派の存在論の違いに帰着するという指摘が従来の研究だったのですが、福田先生によれば、ツォンカパの主張は中観派の不共の勝法の根本思想から、自立論証がなぜ成り立たないのか、と指摘していると同時に逆に、帰謬派による無自性論証は自立派が用いる論証式もそのまま承認され得るから、ツォンカパが批判の俎上に上げるのは、自立派の無自性論証の論証式ではなく、その論証式の諸構成要素を論証する量のあり方についての自立派の存在論のみだという点を指摘されました。

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今回の学会発表も分野が多岐にわたり、全ての発表のポイントを明確につかみ取ることは難しいことではありますが、私のように「ウオッチャー」に徹すれば2日に渡って大変楽しい時間を過ごすことが出来ます。

来年は大阪の四天王寺国際仏教大学で開催されることが総会で決定されました。楽しみです。