2019年度日本チベット学会報告

日本チベット学会第67回大会が10月19日(土)から10月20日(日)にかけて龍谷大学大宮学舎で開催されました。

1日目に学会発表があり、2日目に情報交換会があるという変則プログラムでしたが、龍谷大学らしい内容の学術大会で充実していました。毎度言い訳してますが、学問の進展に取り残された感のある老いた脳にはすべてのポイントが分かる訳でもないのですが、研究発表を全て聞いて勉強してきました。

第1日目

会場になった龍谷大学大宮学舎は文学部中心の、いわば元々の龍谷大学ですのでいかにも伝統的な建物があって重厚です。

学会に合わせて本館1階の展覧室で「青木文教・多田等観、チベットに学んだ先人の足跡」と題される展覧会が開催されていました。20世紀初頭のラサの鳥瞰図やダライラマ13世の書簡の草稿など興味深い資料が展覧されていました。さすがは龍大、すごい資料を持ってます。学会開催全般にわたって、能仁先生や岩尾先生はじめご準備をされた龍谷大学の皆様ありがとう御座いました。

彭毛才旦「シャーキャ・チョクデンによるチャパ中観解釈の批判」

最初の発表は広島大学大学院の彭毛才旦さんによる「シャーキャ・チョクデンによるチャパ中観解釈の批判」と題する発表でした。パクモさんは青海の出身、現在は根本先生の指導を受けておられるチベット人です。

15世紀のサキャ派の論師シャーキャ・チョクデンは自著においてチャンドラキールティを擁護しながらチャパ説を退けて、チャパが唱える「⼆重否定=肯定」の論理は、中観帰謬論証派のみならず中観⾃⽴論証派や論理学派の学説体系にも⾒当たるものではないと述べ批判しているそうです。

この発表では、チャパがチャンドラキールティを批判する場合の本意がどこにあったかを考察し、さらにシャーキャ・チョクデンによるチャパ批判の本意についても考察しています。聞いていた私にはモヤモヤが….サキャパンディタの位置や、同じくサキャ派のコランパによる理解が同じその点でどうだったのか知りたいという気持ちが沸き上がってきます。往々にしてシャーキャチョクデンが何かを発言するとき、尊敬するサパンやライバルのコランパが必ず背景に居たはずです。もっと言えばサパンによるチャパの評価こそが、そもそものスタートだったはずです。サパンを飛び越してチャパにふれていた訳ではないと思うのですが、….そこが知りたい。

更藏切主「ツォンカパの道次第思想の形成過程について」

2番目の発表は大谷大学大学院の更藏切主さんによる「ツォンカパの道次第思想の形成過程について」という発表でした。

ツォンカパのラムリムの体系がトルンパの著に大きく影響されたものというのは一般に良く言われることですが、ラムリム思想の形成には、レンダワとの議論や、ナムカ・ギェルツェンやチュキャプ・サンポからの聴聞など複数の契機がツォンカパの中で統合されてゆき醸成されていったことが伝記等から伺えます。手紙類や弟子による伝記の記述からそれらを考察した研究でした。

様々な学問寺を渡り歩いて修行を続けて一処に留まらずに生活していたツォンカパにとって、各学問寺の年間スケジュール(現代風に言うと各セメスターや夏安居)の合間を縫いながら、指導を受けたい先生のところに出向いて行って、自らの学問や信仰体系を構築していったようです。その過程を明らかにすることは極めて重要だと思います。

ところで、中世の伝記によく登場する「夢による感得」とかいう話しを聞くと、私は、文殊さんの夢見るほど真剣に自分が勉強してきたかな、と恥ずかしくなります。私の夢なんかろくなもんじゃない。まあ、ツォンカパと比べること自体不遜ですが。

吉田哲「蔵訳『カラーパ・スートラ』及び『ヴリッティ』に関する諸問題」

3番目の発表は龍谷大学の吉田哲さんによる「蔵訳『カラーパ・スートラ』及び『ヴリッティ』に関する諸問題」という発表でした。

両方ともサンスクリット文法に関する書物なのですが、チベット大蔵経にちゃんと両者おさめられています。これらのチベット語訳の持つ、訳者の問題や訳語の問題点を整理した発表でした。

版本によって差異がかなりあるということで、訳者がはたして同一人として良いのか、文法書の訳としては適さない訳語も含まれているのは何故なのか、不可解な部分が多くあるとのことでした。

発表者もおっしゃっていましたが、或る時期までチベット仏教論師の間ではサンスクリット文法の知識は必須だったようで、翻って日本の仏教例えば奈良平安時代の日本仏教での漢語の知識や会話能力の実際はどうだったのか考えてみる必要があるといつも思ってます。

シャオランカ「チベット・アムド地域における言語復興運動に関する一考察:ボランティアたちの語りを中心に」

4番目の発表は一橋大学大学院のシャオランカさんによる「チベット・アムド地域における言語復興運動に関する一考察:ボランティアたちの語りを中心に」という発表でした。

2008年前後から見られるようになった運動の中に、チベット・アムド地域の民族言語の復興を目指す運動があります。多くの場合には寺院や宗教関係者が中心的となって地域社会の中で母語での会話を提唱し、村社会で識字教育を行い、経文の読み方を教えるという教育活動だった様です。

そんな中で、青海省化隆を中心とする地域では、大学生の若者たちによる地域の子どもたちのためのボランティア活動があったそうです。彼らは民族言語の教育支援を10年以上続けてきたということです。本発表では、そのボランティア活動をしてきた学生たち8名にインタヴューをして彼らの母語への思いやチベット人としての自覚を聞き出しています。

武内紹人先生「古チベット語文献における印について」

5番目の発表はチベット学会会長で神戸市外国語大学の武内紹人先生による「古チベット語文献における印について」という発表でした。

非常に面白かった。

中央アジアから出土した古チベット語文献に判子が押されているものがあります。公式の通達文書には大きい方形の公印が押されていることが多く。契約文書や手紙などでは小型の丸い個人印が押されていることが多いそうです。

この丸い印の形式、バクトリア語契約文書に類似しているものがあるそうで、示された写真を見ると、手紙に粘土が付けられその粘土のうえに捺印しています。文字が浮き出るほうの陰刻で、普通の紙に押す陽刻とは逆です。けど古チベット語木簡にもこんな封印があるそうです。つまり、中国起源だけではない西アジアからの影響も見られるということで、チベット文化の重層性を示している様です。

昔、シャーロックホームズもののドラマや映画が好きでした。蝋で封印した手紙を開ける格好いいシャーロック映画のワンシーンを思い出しながら聞いていました。

特別セミナー「東洋文庫所蔵の多田等観関連資料」

今回は、以上の一般の研究発表に加えて、特別セミナーとして「多田等観と釈尊絵伝をめぐる研究の現在」と題するシンポジウムがありました。

岩田朋子先生(龍谷大学龍谷ミュージアム)「東洋文庫所蔵の多田等観関連資料」

岩田朋子先生は、ずっと多田等観師がダライラマ13世から贈られた釈尊絵伝の研究をされていて、その関連資料を探索するうち、東洋文庫に所蔵されている多田等観師の文物にたどり着いたそうです。岩田朋子先生が所属する龍谷大学と東洋文庫とが協力して、多田等観師のものと思われる116個の段ボール箱に入った未整理資料が今回調査されました。勝鬘経の翻訳ノートや、辞書作成用のカード類や、等観師晩年のスライド写真類などが含まれるそうです。晩年の等観師とダライラマ14世とのツーショット写真、珍しい。

能仁正顕先生(龍谷大学文学部)「多田等観が法隆寺に送った維摩経」

多田等観師の『西蔵訳維摩経』の草稿にあたる維摩経の翻訳ノートが東洋文庫に所蔵されていて、今回の報告はその経緯と内容を紹介されたものです。翻訳の特徴は伝統的な訳や梵語漢語などに影響されないで、チベット語として読み込んだ彼独自の翻訳態度などが指摘されていました。

今回は予定されていた岡本健資先生の釈尊絵伝に関する報告は都合によりありませんでしたが、コメンテーターとして仏教美術研究で有名な宮治昭先生(龍谷大学名誉教授)が、今回紹介された釈尊絵伝研究に関連する資料の意義についてコメントがありました。

全ての発表が終了した後、同じ会場で総会が開催され、来年度のチベット学会は早稲田大学で11月14日に開催されることが了承されました。

第2日目 第7回チベット学情報交換会

いつもはチベット学会の前日に開催される情報交換会が、今年は学会翌日の日曜日の午前に同じく龍谷大学大宮学舎で開催されました。

飲み会でのうだ話しと厳密な学会発表との中間くらいのプレゼンテーション、というのがこの情報交換会のコンセプトです。今回は以下の4つのトピックスでした。

菊谷竜太さん(京大白眉研究センター)「tshon yig (Color Code: 色指定)について」

なんと最初の菊谷さんの報告は、スカイプによるものでヨーロッパからの参加です。すごい世の中になったものです。

絵描きさんの仕事は分担作業です。下絵が完成すると、下絵の上に「ここは群青」「ここは緑青」というように色指定の記号を書きますが、それをtshon yigと呼びます。菊谷さんはその仕組みや今後の研究課題を報告されました。ちょうど隣に座っていた星泉さんにこれって言語ですかね?って聞いたら「言語でしょう」と言われました。アイコンタクトとかテレパシーとかも言語なんでしょうかね。

山本明志さん(大阪国際大学)「近年の中国におけるモンゴル時代チベット史研究の動向」

最近注目される漢人のモンゴル時代チベット史研究の成果を紹介されました。特に沈衛栄さんやそのお弟子さんたちの研究の特徴や意義などが質疑応答で議論され、興味深い話しが聞けました。

沈衛栄さんとは彼がドイツ留学をしてた時からの友達で、京都時代に何度か彼の家族を交えて食事をご一緒したことがあります。西欧の学問センスを持つ漢人の彼が今後の中国の東洋史を支えることは間違いありません。

海老原志穂さん(東京外大AA研)「『アムド・チベット語文法』紹介」

東京外大AA研の海老原志穂さんが出版された本のご自身による解説です。アムド語の分析で分かることは多く、チベット語全体の言語を考える場合に極めて重要です。今回のお話しでも「定着知」「観察知」「推量」などの根拠の確かさや種類を伝える要素がチベット語では豊富だというのは既に知られていますが、アムド語ではさらに観察知の中に、「現場観察」「結果観察」「状態観察」という細分がある点などは他のチベット語群とは一致しないところも多く、大変興味深い。古代文語との関係に関しても我々古典文語の読者にとっては極めて興味深い点です。

片雪蘭(ピョンソラン)さん・別所祐介さん「転機を迎えるチベット亡命社会ー台頭する中国とインドの狭間で」

ピョンさんの報告は、昔ダラムサラで多くの時を過ごした我々の世代のチベット学者にとっては、懐かしさも蘇りますが、同時に役目を終えかけた衰退の状況を聞くのは淋しくもあります。逆に別所さんの話題、中国政府による「仏教」(主として玄奘時代の漢族の仏教とインドの交流)を利用した対インド外交の話しは、聞く程に悲しくなるのは私だけではないでしょう。