自分旅行記「チベットの今」レポート(AJAさん)

今回は、AJAさんからのお便りです。先日のチベット旅行について語ってもらいましょ〜。

2000年4月28日の、成都発、ラサ行きの300人ほど乗れるエアバスは、ほぼ満席でした。そのほとんどは、中国人。(聞くところによると、中国もこの時期は、ゴールデンウイークなんだそうです。)

噴水からポタラ宮をのぞむ

6年ぶりのラサはかなり変化していました.ポタラ宮の前の家々は全くなくなり、広場になっていて、道もきれいになり、「ここはほんとうにチベット?」と思うくらいの都会でした。街行く若者たちは、チベット人を含め、日本の今のファッションと変わらない服装です。が、年配の人たちや、地方からきている人たちが、チベットの衣装をまだ着てくれているのが救いです。メインの通りには百貨店、電気店、金銀のアクセサリー店など、大きな店が軒を並べています。もちろん昔ながらの小さなお店もあるにはありますが、そのほとんどは、中国人の経営です。チベット人の店は、2割程度といったところでしょうか。レストランもきれい。バーもあり、レストランと思って入ってしまったバーでは男女のチベット人の若者たちがビールを飲んだりタバコを吸ったり(女性も)して、談笑していました。

若者たちの、チベット語の発音は中国なまりになってきているらしい。チベットの外にいる人たちが、チベットの文化を一生懸命守ろうとしているのに、彼等チベットにいるチベット人自身がその文化を壊そうとしている、というよりは、もうすでに、壊れていると、感じました。よく考えてみれば、これは日本人も同じことなのですが・・・。

唯一見つけた小僧さん

お寺に行くと、前回は何人もいた子供のラマを、一人も見かけませんでした。彼等はどこへ行ったのだろう?もちろん大人になってしまっているのだろうけれど、その後継ぎの世代はどうなっているのだろうか?もうラマになる子供はいないのだろうか?もちろん、まだまだ参拝者は数多くいます。しかし、私にはチベットのお寺はりっぱ過ぎてあまり親しみを感じません。ラサとシガツェ間にあった小さいお寺と、ラサから空港へ行く途中に見かけたお寺だけが、ほっとするお寺でした。私にとってはラダックのお寺のほうが親しみがあって、とても人間らしさを感じるのです。

金銀で塗られ、大小さまざまな宝石、貴石を埋められた仏像やストウーパを見るたびに「これはいくら位するのだろう?」と、思うのは、私だけ?特にパンチェンラマ10世のストウーパをたったの2、3年で作ってしまうなんて、中国政府はすごいんだ、と単純に思ってしまいました。

私にとってお寺と言うところは、日本、中国、チベット、インドのどこに限らず落ち着ける場所であると思っているのですが、チベットの有名な大寺院では、ついに落ち着くことが出来ませんでした。私自身完全に、いち観光者になってしまった。ラダックのお寺では感じないよそよそしさが、あったような気がします。チベット人たちがあまり、幸せそうに見えないのは何故なんでしょうか?私と同じ気持ちでないことを、願います。彼等に本当の幸せが戻ってくる日がいちにちも早く来ますように。

以上、私の斜めから見たチベットでした。

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