鄭成功に思いを馳せる

台北での集中講義の合間を縫って、ハーンは台南と高雄に足を伸ばして、かの国姓爺・鄭成功(テイ・セイコウ)ゆかりの砦や道教の社を巡ってきました。

台南の方では台北付近と少し雰囲気が違って道教の信仰が深く生活の中で生き続けているようです。その道教の信仰の一部は鄭成功個人への信仰とも結びついています。

さて、その鄭成功は 1624〜1662年の人で、母が日本人で本人も長崎で生まれました。

7歳の時から父の国に行き南京の大学で学びます。やがて清朝の支配に対抗する明朝復興運動を進めます。1661にはオランダが占領していた台湾を解放し台南に政府を作りますが、翌1662年台湾で病死します。

台南の人は鄭成功が大好きでその独立心を高く評価しています。鄭成功の絵の前に立っていると大陸の変化に翻弄されながらも独自性を貫こうとする台湾の人の心意気が感じられます。

しかし我がチベット式の髪型が、清朝をつくった逆族満州族の髪型に似ているからか周りの人の視線が突き刺さるようでした。いえ私は決して清朝の追手ではありません。

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