「ミヨッさんのダラムサーラずっこけ探訪記20」(三好孝さん)

ダヤンウルスの御意見番、枚方の三好孝さんが、日本に住むチベット人のノルブ(仮名)とその奥様(日本人)のモモエ(仮名)そして彼等の長男クリリン(もちろん仮名)の里帰りにくっ付いて、インドに行かれました。その旅行記が面白い!さあ、いっしょに楽しみましょう。


車の中は金物だらけだ!前席のモモエは切断したアングルの先を、我々3人はバラしたアングルの棚を抱えながら、で〜んと座っているのは最後部の蒸し器だけだ。山道は本当に辛い!右に左に曲がる度に揺れ、石角に当たる度に上下に揺さぶられて頭や膝を打ち、窮屈でハラハラの思いを32回ほどもする。午後2時18分、やっとの思いでアッパー・ダラムサラに戻ってくる。開放感もないままに、ショール達の部屋に買ってきた物を運び入れる。8畳一間の部屋に大の男が4人とモモエが入り、さぁ〜、これからアングルを組み立て直そうというのである。とてもじゃないが、手も足も広げられない。お父っあんがクリリンを外に連れて、遊びに行っているのが幸いする。廊下で組み立てて中に入れ込めばと考えたが、廊下も狭い。どうしたら良いのか、戸惑うばかりで、一向にラチが開かない。そこで本当に組み立てに必要な人数だけ残り、あとは部屋を出ることにする。するとノルブとショールだけで良いことになった。私とチャンバは、私の部屋でチベット語のレッスンを、モモエは例によってインターネット・カフェーに行くというので、無理に止めない。

4時13分。屋上でレッスンしていると、モモエがやって来る。天気が良くなって来たのと、馬鹿となんとかは高い所に昇りたがるの例えどおりに、屋上に変更したのだ。

「三好さん、棚の方、出来上がりましたわ」

インターネット・カフェーの帰りにお父っあんと出逢い、クリリンを貰い受けて、そのクリリンを抱きながらモモエが言う。
「ほほ〜う、棚が出来上がっ」

私が、そう言おうとする前に、クリリンがチャンバに抱きついて行く。クリリン、両親よりも小父チャンのチャンバの方に、すっかり懐いてしまっている。これで今日のレッスンは終り。仕方がないので、狭い所であることを承知でショールやチャンバ達の部屋に行く。棚は確かに見た目には出来上がっている。しかし、ガタガタだ。手で閉めただけでなので、押してみると、大きく揺れる。それに、左前側がやや傾いている。カマボコの板でも噛ませ!と言いかけて止めた。カマボコって、なぁ〜に?って問われそうだ。それにせっかくノルブ達が、汗水たらしながら組み立てた結果だから。私、プロ意識を出して口を挟んで手直ししてやれん事はないが、なにせ道具が無いことには、どうにもならない。また、そうする事が、「老婆の家」と同じ様になるように思えてきたので、チベット人同様、大陸的気質のおおらかな気分で眺めておこう。

「ミヨっさん、僕、モモを作るときに、ミヨっさんのために“うどん”を作ってあげる」

おおノルブ、私を泣かせるではないか。うどん?我が耳を疑ったが、——いやいや、断らずに、素直に有難うと言って作って貰おう。まぁとにかく、この部屋、大人5人、子供1人には狭すぎる。お父っあんも、いつ帰ってくるかもしれない。あまり無理のないところで頼むよ!私、熱すぎる部屋を抜け出す。

今朝方より1人歩きを覚えた私は、半分期待し、半分疑問符する心を休めるため、向かいの恰幅の良いオバさんのいる土産物屋に行く事にする。そこは多種多様の物を扱っている様子で、仏具・法具関係も多少置いてある。プルパ、テインシャ、ドジェ、テイルプ等はあるが、昨日内閣府の博物館で見たマニコロの首飾りは売ってないので、また来ると言って出る。時間つぶしに3〜4軒をひやかす。この辺の土産物屋は、さすがに“観光客馴れ”しているのか、チベッタン・コロニーの店屋よりもずっとずっと商売人で、「Khye-rang-la ga-re go?(あなたは何が欲しいですか)」と、すぐに店主が近づいて来る。それを「dhi ga-re rey?(これは何ですか)」と、でも言おうものなら、「dhi ○○○ rey (これは○○○です)」と、即座に答えてくれる。そして、「dhii gong ga-tshey rey?(これの値段はいくらですか)」と、尋ねようものなら、「re-ray la go-mo○○ rey(それはひとつ○○ルピーです)」と、これまた即座に返ってくる。こっちが興味を示し始めると店主は、「あれやこれや」と、店の特徴であるところの商品を、機関銃を発射するがごとく説明してくれるが、いかんせん、私のチベット語はここまでだ。早晩の内に、チャンバを相手にSAY IT IN TIBETANの68頁「買い物」編を勉強しょう!

時間もそれなりになったので、再びチャンバやショール達の部屋に行く。お父っあんも帰って来ており、「パァーラ、ケランーラ テェリン カーパァ ペゲ?(お父っあん、今日はどこへ行ってきた)」と尋ねると、例によって「ゴン パ(お寺)」とだけ答える。本当に寡黙の人だ。そのお父っあんが「Shoo-dhen ja-ro nang(どうぞ、お座りください)」と勧めてくれるが、大人6人とクリリンでは、日本語で言うところの“立錐の余地”も無い。それでも立ち飲み屋のごとく押し込まれ、ボンボンベットのような折りたたみの簡易ベットを細工して作った、仮の食卓の前に座る。座る場所の無いチャンバとクリリンはベットの上だ。
「ミヨっさん、モモとウドンとがあるが、先にどちらを食べる?」

食堂の親父のように、ノルブが聞く。
「御うどんにして下さい、うどんを頼むわ」

ノルブよ、聞くまでもないやんけ、ウドン、うどんに決まってるやんけ!心の中はそう叫んでいるが、ここは一端の紳士なみに静かに言う。「すぐに作るからね」と言うノルブの背後から、それを見た私は、その瞬間飛び上がるくらい驚いた。

ちょっと待て、それはなんじゃ!?それが饂飩?ウドン?“う〜ど〜ん”だと!それは“うどん”と云うよりも「きしめん」だ!それはテントゥのように指で千切らないで、延ばしたままのものを1、5センチ幅に縦切りにしたものだ。それは適当な長さに切ってなく、そして完全に分厚すぎる。モモエの指示で作ったというが、モモエは三重だ。三重県出身は名古屋の「きしめん」しか頭に入っていない!オレは関西人だ、コテコテの浪速っ子だ。薄味の船場育ちだ。あっ!大根や人参、それに菜っ葉などの入った汁を掛けようとしている!おぉーい、ノルブよ、後生のお願いだから、モモ用の油コテコテのスープを入れないでくれ!頼むから私の無理を聞いてくれ!熱いお湯だけくれ!あとは持参した、カツオと昆布の合わせ調味料でダシを取り、キッコマンの特選丸大豆醤油で味を調えるからと、本気でお願いする。

美味い、美味い、大変おいしい!おかわりを2杯もする。海苔も3袋開けた。ジャパニーズ・ベリィーマッチフード、アリアケ海苔!ニックネーム イズ ブラックペーパー

と言って、お父っあんを始めとする皆に分けてやる。喜んだのはノルブモモエクリリン。あとは食べ慣れてないので不興、お父っあん、ショール。頑張って最後まで食べてくれたのはチャンバ、お前は偉い!日本に呼んでやろうか、と考え始める。

腹が満腹になったので、眠くなってきた。まだ9時前だが、早寝することする。ノルブよ、モモエよ、有難う!君達の心遣い大変、大変嬉しい。私を喜ばそうと、努力をしてくれことに感謝したい。モモエ曰くの「こんなもんですわ、チベット人のやることはーー」も今日は少々違ったニュアンスで響いてくる。

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