ダヤンウルスの御意見番、枚方の三好孝さんが、日本に住むチベット人のノルブ(仮名)とその奥様(日本人)のモモエ(仮名)そして彼等の長男クリリン(もちろん仮名)の里帰りにくっ付いて、インドに行かれました。その旅行記が面白い!さあ、いっしょに楽しみましょう。
2月16日、金曜日。今日は愉快な日になりそうだ。ノルブとモモエが、14日の賄い食のお返しに夕食を作るという。朝食後、私とノルブとサブちゃんと賄い僧1名、部屋担当の3人、合計7人で買出しに行く。買出しといっても3分、200メトール先の郵便局付近に露天商が店を構えている。だが、例によって、逢う人達にタシダレ、タシダレの連続で、握手をしては肩を叩き、挨拶し合うので15分以上も掛かった。ジャガ芋に人参、レタスに胡瓜、大蒜とネギ等を買う。日本の八百屋とまったく同じものであるが、商品の良し悪しの選別などなく、採れたまま状態である。だから大粒小粒、良品不良品、不揃いの自然のあるがまま姿で、しかも客が自分で一つ一つを手で取り、好きな量になると店主に渡す。店主は、もう日本には博物館にしか置いてない様な天秤バカリで、「チベット人の大まかさ」と「チベット人のええ加減さ」で料金を請求する。客は、高い安いとは言わない。その代わり受け取った紙袋の中に3〜4個、余分に無断で入れるだけである。しかし5個以上になると店主が怒るので、そこが限界の境目だろう。野菜関係は僧侶達に持って帰って貰うことにして、私とノルブとサブちゃんの3人だけで、今度は肉を買いに行く事にする。しかし、小僧達が真っ直ぐにゲストハウスに戻る保証はない。もう20歩も行かない内に友達に逢ったらしく、1人の友達なのに全員すべての友達のように取り囲んで、話し込み始める。どうも我々の買出しは“ダシ”に使われたようだ。まぁ、全員退屈しているようなので、ちょっと息抜きに良いのかも知れない。
肉屋は、露天商より少し“マシ”である。マシといっても谷底に杭を打って横板を延ばした掘っ立て小屋で、店舗というにはあまりにもお粗末で、畳2枚ぐらいの広さである。そういうことであるから冷蔵庫などは無い!今は冬なので冷蔵庫は要らないが、夏場などはどうするのであろうか心配したくなる。
肉は屠殺された状態のままで腿や胴やスネなどといった部位の区別なく、丸ごと鉤に掛けられ天井からぶら下げられている。肉屋にも幾つか種類があって普通、肉屋と呼んでいるのは水牛の肉屋で、それからヤク肉と羊肉屋、そして鶏肉専門店となっていると、ノルブの説明を受ける。また2〜3種類を同時に売っている店もあるが、それは少数で、中には密輸の牛肉屋もあると言う。いずれにしても、私から見れば冷凍設備の無いインドの肉屋は非衛生この上ない。
私は「オレは、檀那やぁ。同じご馳走するなら、1番良いものをご馳走したいので、飛びっきりエェ材料を仕入れよ!」、いつも焼き飯と焼きそばとテントゥなので、日頃の鬱憤を晴らすように、ノルブに強い要望をする。それならばと、ノルブが案内した所は、タクシースタンドより登山センター・トリウンドへの道を3分ほど登った所にある鶏肉屋である。
「な〜んや、カシワかぁ、もっとエェもん無いんかいなぁ!?」
私はモロに、言葉に出してノルブに文句を言った。
「ミヨっさん、ここはインドです。神戸も三田も松阪も山形もありまへん。
鶏が最高級の肉です、なんせ地鶏でっさかい!」
ノルブ、鶏肉屋の店主の出す鶏を一つ一つ吟味しながら、チーフシェフのごとく言う。そうかぁ?日本じゃ牛肉が1番で、豚肉、鶏肉との順番なんだがなぁと思うが、サブちゃんの涎の出そうな顔を見ていると、私の考えが間違っているように思えてくるのが不思議である。だが、それが本当に解ったのは支払いをする時である。一羽丸ごとで50ルピー、大人1日分の日当と同じなのである。一羽150円だが、此処インドの中産階級の年間40,000円の生活水準から考えれば、高級食材なのである。
「これで、僕がチキンカツと唐揚げとスープを作ります」
ノルブが得意げに言う。1.2〜1.5kgの物を15羽を買う。私の、1日の食欲量から考えれば、少し足りないような気がする。ロスリングには現在、僧侶だけで12人ぐらいは寝起きしている筈で、ノルブ一族の7人に、私を入れて20人分以上、最低25人分は用意しなければならないのに、15羽では少ないと思うが、ノルブは、その他にも、ご飯に唐揚げ、スープにポテトサラダも作るから、「それで良い」と主張するので、私、支払いの後は総てをノルブに任せることにする。
ノルブとサブちゃんは、これ見よがしに透明のナイロン袋に入った鶏肉を高く上げながら歩く。15羽のカシワの魅力は私の予想以上で、タバーン3兄弟などは垂涎の眼差しで我々を見ている。Jogibara Rd. を1〜2分下った所で、モモエと出会う。インタネット・カフェの帰りで、ハワイ沖の事故の件で知り得た情報を聞かせてくれる。それによると、愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」が、アメリカ海軍の原潜「グリーンビル」に衝突され「現在も9名が行方不明で、多分、海底に沈んだ船内に閉じ込められたままであろう」と、さらに「その原潜には民間米人が見学で乗っていた」など、あまりにも非常識なことによる不祥事であるとの説明を聞くに至っては、身体が怒りで震え暫くは止まらなかった。しかも私が友人Y・N氏から聞いたとおり、首相がゴルフ中であった事も、その対処の仕方の不味さに呆れ返るばかりで、くやしさに鳥肌が立つ思いである。私に経緯を話したモモエさえ青い顔しており、気持ちが落ち込んでいるのが解る。しかし、どうのこうのと言った処で、どうしようもない状態である以上は、他に気分転換を図る事にして、最後に4人で米屋に寄る事にする。
米屋は以外にも、ロスリングより5軒上手にあった。土蔵の入り口のように厳重な扉がついていて、40ワット程度の裸電球が4個ばかり吊るされてあるので、中は薄暗い。壁も厚く塗り固められていて、温度の寒暖の差を少しでも防ごうと努力している。米は勿論、縦長のインディカ米で、産地と等級別に分けられてあり、分厚い麻のドングロスが7〜8袋、地下引きで無雑作に置かれている。飛びっきりエェやつを買え!と言っているのにノルブは買おうとしない。モモエにも、1番イィものを選べ!と言ったのに、「こんなモンで良いですよ、今後もありますので」と涼しい返事である。考えてみれば、私は今回限りだが、ノルブらは2〜3ケ月滞在するのであるから、今後も奢ったり奢られたりするので、普段どおり?にしておきたいらしい。だが私の面子ってものがあるので、超最高級とまでいかなくても、最上級品を求めさす。片栗粉も欲しかったが無いので、メリケン粉で我慢する。しかしチキンカツ、すなわちフライにするのであるから、肝心のパン粉が無いといけないのだが、パン粉がない!これには本当に困った。だがモモエが、駄菓子屋に行って西洋風のクラッカーかパンケーキを買って来て、それを解してパン粉の代用品にすると言うので任せる事にする。そして油だが、これもラードのような牛脂の物はなく、そうかと言ってヤクのバターでは匂いがきつい上に、この店では売ってないので、植物性の菜種油系で我慢する。その内に、ノルブとモモエ、それにサブちゃん、子犬がジャレ遭うに、そうして喧嘩しているみたいに口から泡を飛ばしながらチベット語オンリーで話しをする。これには私もついていけないので、「チベット人の大まかさ」と「チベット人のええ加減さ」を信じ、最後に使用量だけは充分に買え!と指示し、あとは面倒臭いので荷物持ちに徹する事にする。
すべてに量が足りない様な気がするが、足りなければ買いに走ると云う事で、そこそこの物を買い込んで店を出る。ゲストハウスのロスリングまでは、1分と掛からない距離にありながら、タクシースタンドの方へ逆戻りをする。今までの閉鎖性のストレスを開放するかの様にモモエは上機嫌で、ノルブはリンポチェに頼まれたというツァンパだけは、大事に胸に抱える様に持つ。それに輪を掛けた様に、サブちゃんなんぞはロシア帽を被った頭を振り振り、鼻歌まじりで、これまた此れ見よがしに両手を挙げて時には踊りだす始末で、私は赤面の限りである。こうして下に降りて、上に登り、さらに下に戻って、また上に行く。ああやこうやとしていると友達に会う、一言二言挨拶していると、さらに友人に会う。かくして30〜40分もあれば出来ることを、チベット人は半日を費やす。やっとゲストハウスに戻って来たのは11時半で、もう30分もしたら、外に食事に行く時間になる。これでは幾ら時間があっても足りない。しかし逆に取ればヒマだから出来ることで、「愉快」なのだ。ただサブちゃんだけが、サブマネジャーのチクティ・ドルジェーに「309号室の窓ガラスの交換とシーツの取り替えが終わってない」と怒られた。だがそんな事ぐらいでヘコムようなサブちゃんではない!シーツとモップを持つと口笛を吹きながら、気軽に3階へと上って行く。
「三好さん、お昼どうしますか?」
モモエが親切に聞いてくれるが、腹は減っていないので、その旨を正直に話すと駄菓子屋でクリリン用に買ったスナック菓子を一袋、分けてくれた。
部屋からマイカップを持って来て湯だけを貰うと自室に戻り、例の王室ご用達の紅茶で旅の疲れ?を1人の気ままさで癒す。チャンバーは、まだ調子が悪いのでレッスンは独学。しかしテープを聞いている内に“睡魔の襲来”に遭い、わざと負けてベットに沈没する。
14:20分、寝すぎたのか頭が痛い。それでも昨日の朝に干した洗濯物を取り入れるのを忘れていることに気付く。慌てて屋上に上る。洗濯物は椅子の上に無雑作に放り投げられている。幸いにして枚数その他、すべてが無事であったが、私は唖然となる。日本からわざわざ持って来た私専用の干しロープーなのに、物の見事に他人に使われている。しかも、かなり年配の女性用の下着が恥ずかしげもなく堂々と蒼天の下に翻っている。タルチョやルンタならいざ知らず、309号室の住人のものと解ると、余計に腹が立つ。すでに乾き切っているので、私がやられたようにしてやろうかと思ったが、大人げないので辞め、すごすごと引き返す。3階の階段下まで降りると、良い匂いが漂っている。手すり越しに下を覗くと、調理場から昇って来ているようだ。埃まみれになった洗濯物を部屋の中に放り込むと、大急ぎで1階の調理場に走る。
中に入ると、まさに戦場の場と化している。モモエがチキンカツを揚げている。どうやら、その匂いのようだ。カツは、すでに5〜6枚揚げられ大皿の上に盛られているようだが、モモエの話しによると、この倍は「揚げた」と言う。大僧、中僧、小僧どもが入れ替わり立ち替わりにやってきて、ネズミのごとく盗み喰いをしているので、枚数にならないと笑う。笑う尻からサブちゃんがパク付いたので、今度は箸でサブちゃんのお尻を叩く。だが幾ら叩かれても、サブちゃんは一向に平気の平左で、雑巾化した布で皿を拭いており、食べ終えると鼻歌まで出る。シャント・セイジャさんが手伝いに来たので、ノルブと2人して、これからポテトサラダ用のジャガ芋の蒸しにかかる。私、サラダも良いが、私用に塩茹でのままか、ジャガ・バターで食べたいと、スポンサーの特権を発揮して注文を付ける。形の良いのを5つばかり選んで、Xマークを付け私用にしておく。セイジャさんが手伝いに入ってくれたお陰で作業は早くなり、米を研いだり、カシワの骨を利用してのスープ作りの準備に入る。私も手伝おうかと言うと、三好さんは「こだわり」ばかり言って邪魔ばかりすると、モモエに、はっきり言われ、そのかわり調味料と醤油だけは貸してくれと言うので、3階より持って降りる。ついでに梅干しと海苔も持って降りておく。
私、暇を持て余し過ぎたので、向かいの恰幅の良いオバさんのいる土産物屋に約束どおりに買いに行く。先に客が来ていてオバさん、一生懸命に商品の説明をしている。見ると、その先客は昨日の昼に着いたばかりのカナダ人で、30代の夫婦連れの女性の方で、先ほど屋上に上がった時に、会釈だけだが挨拶したばかりである。オリエント文明、特に仏具関係に興味があるのか、ジッーと見ている。
「what is this?」
真鍮製のフンゼイ(乞鉢)に興味があるのか、これはなぁに?と尋ねている。オバさん、客が指で示した商品を硝子戸を開けて手渡す。客は手渡されたフンゼイを撞木(木の棒)で打ち鳴らす。チィ〜〜ン・・・得もいえぬ音が店内に響く。客は大満足の表情で笑みを浮かべる。買い気充分だ!だが店主のオバさん、フッフフフと、木を鼻で括ったように笑う。客に対して笑うなど大変失礼じゃないだろうか!買い気のある客と共に私も腹が立つ。しかしオバさん、涼しい顔で客より商品を取り戻すと、掌を一杯に開きフンゼイを乗せ、我々の目の前に大きく差し上げて見せる。なんだろう?我々は首を傾げる一方で、大きな興味を持たされる。するとオバさん、自信ありとばかりに、なんと撞木をフンゼイの側面に当て、それを触るか触らぬか、微妙なほどの感覚で、静かにゆっくりと撫で廻し始める。最初は触れる音でチィ〜ンと鳴り、そして4〜5回ほど撫で廻すと、ブゥ〜〜ンと響き、最後にブァ〜〜ォン、表現が難しいほどの得も居得ぬ共鳴音が発生する。得意顔のオバさん、客に「あんたもやってみなさい!」とばかりに渡す。受け取った客は、オバさんがやった通りにしてみる。チ〜ン味も素っ気もない、只の音しか鳴らない。オバさん、客からフンゼイを取り挙げると、再度、得も居得ぬ共鳴音を演出する。
「オォ!ミラクル、オオ〜ォ ワンダフル!」
カナダ人の客はオーバーな表現で称賛し、多大に興味を持ったらしく何度も何度もオバさんに、音の出し方を教授して貰う。言葉は通じないが、客は余程気に入ったので「ハウマッチ?」と値段を問う。するとオバさん、なんと、朝方露天商が使用していた天秤バカリを奥から取り出して来る。そう、チベット商法は野菜も肉も仏具も、すべて量り売りなのである。量りの皿にフンゼイを乗せ、重さを量り始める。そして重さX 、何ルピーなのであろうか、電卓で叩いて計算すると、電卓の液晶を指し示し、「1,650ルピーだ」と言う。日本円で4,950円、そんなに高くないように思えるのだが、カナダ人の客はもっと小さくて安い物はないか?そんな遣り取りを始める。しかし何を勘違いしたのかオバさん、商売気を出して各サイズ、色々出してくれる。20センチの物は5,000ルピーで、18センチの物は4,200ルピーで、15センチの物でも2,850ルピーであった。カナダ人の客が「スモール、スモール」と言うのでオバさん、少しムッーとした顔で10センチの物を、これが最後よ、と言わんばかりに出し、量り終えると電卓を示す。1,000ルピー、3,000円、カナダ人の女性客は満足しタックス(消費税)込みで3,300円、チベット文字の書いた包装紙に包んで貰うと、大事そうに抱え込み喜びながらバススタンドの方に昇って行く。残った私、最初の12センチの物を、1,650ルピー、ノンタックスで買う。なぜならば私は、ロスリング・ゲストハウスに宿泊し、ノルブとモモエの友人である事をオバさんは知っているからである。そのかわりと云ってはなんだが、プルパ(三角錐)とティンシャ(小型シンバル)も一緒に買う。総合計7,350円、オバさん大変喜びして、ミニチュアのチョルテン型の刻印を「おまけ」にくれた。
私も喜んで自室に戻ると、再度、フンゼイの共鳴音を楽しんだあと、トランクに仕舞い込んだ。——ふと、ショールから買ったグリーン・ターラが眼に入ったので、これも再度見て楽しもうと思い、巻紙の新聞紙を巻き戻すと、私は、あっ!と、驚愕の声を出さざるを得なかった。それは新聞紙のインクの油で、1番大事な所である、ターラの顔が真っ黒になっていたからである。怒りが天を突くような思いであるが、かすかな理性でタンカの隅から隅まで、注意深く見てみると、やはり致命傷的に顔面が汚れている。早速ショールを見つけて、お金を返して貰う事を考えた。私は急いで、下の調理場にインクの染みたタンカを持って降りた。しかし調理場は1時間前と同じく、戦場のように忙しそうにしている。モモエは額に汗しておりながら、汗を拭く暇さえないほどにパン粉をまぶしたチキンを鍋に落とし込んでいる。だが鍋は長時間の使用した為か、高熱でアブク状態になっている。油はすでに底を突いており、カツは3分の1しか浸からず、非常に困難な揚げ方である。私、タンカどころではなくなり、追加の油を買いに走ろうか?と気を使うが、モモエは先程ノルブに買いに走って貰ったが店屋は5時ジャストには閉店しており、非常に危険なのを承知で頑張って揚げ切って見ると、プロ並みに言う。ちなみにモモエは、将来は「食べ物屋」をやってみたいと、去年、調理師の資格を取得したとの事である。
一方ノルブは?見ると、サブチャンと唐揚げを摘み食いしながらポテトサラダを作っている。一応、西洋料理であるからキャベツやトマト、レタスなど添え付けたいところだが、チベット人は生野菜を食べる習慣がないのでポテトサラダにしたのであるが、キュウリは良いが、「ネギ」だけは入れないでくれ!!それとセイジャさん、誠に申し訳ないが、せっかくのカシワの出汁だから、マサラ風のスープにしないでいただけませんか?ここはひとつ、私が持ってきた風味調味料と醤油を使って「和風」でお願いします。あぁ〜、もう入れちゃったの!うぅ〜ん、仕方がないなぁ、私は食する事を辞退しょう!?ところで、私が頼んでいた塩茹でのジャガ芋はどうなった?何!?二つしか残ってないだと!!誰が俺のジャガ芋をパクって喰ったんだぁ!人がせっかく楽しみにしていたのに、しかも楽しみにしていた大きいのは真っ先になく、小さくて貧弱なものしか残ってない。これでは、今夜のスポンサーとしての特権も面子も立たぁん!犯人は誰だぁ、ノルブか?サブちゃんことセノゥル・ゲンズンか?セイジャさんか?まさかモモエではあるまい!ノルブ、犯人は誰か教えろ!なんで、みんな、黙っているんだぁ!よぉし、直に犯人を探してやる!!——私、デジカメを持ってフロントに行く。
ドルジェにウンチェン、ミクマル等の大僧、中僧、小僧の若い僧侶達が、ソファーに腰掛けて夕食を今か今かと待っている。時間は6時を廻っている。ソロソロ暗くなり掛け始めている、私も腹の暗いヤツを探し始める。デジカメで撮って、あとからユックリ拡大して見れば口の辺りに残ったジャガ芋の食べ跡を発見する事が出来るだろう。犯人を探すべく、デジカメを廻し始めると、大僧、中僧、小僧どもが物珍しさに寄ってくる。隣家から遊びに来ているソナムとドルマの兄弟までもが、カメラ前に来るので撮影は中止。すぐにビデオに切り替え、今、撮影したのを見せる。全員、自分の顔や姿が出て来ると、大喜び。何度も何度も繰り返しビデオする。私、その内、ソナムとドルマの口元に食べ跡を発見する。兄弟が勝手に盗るはずがない!ミクマルに、兄弟にジャガ芋を与えたのは誰か?と尋ねる。ミクマルは困った顔をするが答えない。私、推理する。兄弟はマナーリー小学校の生徒で、兄弟は今、冬休みで母親の実家である隣りに戻って来ているところから、犯人はどうもウンチェンらしい。全員、解っているのだが大先輩なので言えないのであろう。シャンバ・ウンチェンよ、お前もマナーリー小学校の教頭先生だろう、正直に白状しろ!だがしかし私、ウンチェンに文句を言ってやるほどチベット語が出来ない。悔しい!今度来るときは喧嘩出来るぐらいチベット語をうまくなってやるから、それまでは泣きの涙で我慢する。
そうこうする内に、すべての調理が終ったのか、ノルブがギョクチューにお父っあんやチャンバー達を呼びにやらす。そして手の開いているミクマルやシェルパ・カルジなどを手伝わせ、料理を運ばせる。チキンカツに唐揚げ、ポテトサラダにスープ、それにキャベツの千切りとミニトマトとライス。お父っあん達がやって来た。そして、嬉しい事にチャンバとショールとショールの彼女で作ったという、定番の「モモ」が追加となる。それよりも私が嬉しかったのは、ショールの顔が見れた事である。早速ショールにタンカを見せ、「どうするんだ!」と詰問すると、ショールは「貴方が帰るまで手直しする」と約束するので、夕食前に喧嘩するのも大人げないし、モモエの仲立ちもあるので、ショールの言葉を信用する。そのあいだに14日の夕食と同じくバイキング方式で、長老のお父っあんに敬意を称し、お父っあんが好きな物を好きな量だけ皿に盛ったあと、次は貴方の番だと勧めてくれる。私、キャベツの上にチキンカツ2枚にミニトマト&ポテトサラダ、これは日本式西洋料理の盛り合わせ。もう一皿に唐揚げとモモを入れ、マサラ風スープはわざとパスをする。勿論、塩茹でのジャガ芋は別の皿だ。次にウンチェンとドルジェが取り合わせをして、ソナムとドルマ兄弟もお相伴に呼ばれると、あとは雪崩れのごとく、大僧、中僧、小僧どもが一斉に風神雷神の襲来のごとく、我先にと獲り合いをする。また人数が増えたのか、3列の席に立錐の余地もないほどの人数で、30名を超えている。一同が銘々に取り盛りし着席すると、チャンバ・ウンチェンを筆頭に、例によってダミ声でチベット仏教の「感謝の読経」が捧げられ、晩飯が始まった。滅多に食べられない最高級のカシワ肉に、全員大いに喜び、わいわいガヤガヤと喧嘩をしているくらいに大声でダベル。私が全員に「海苔」を配ると、ブラックペーパーと言っては大笑いする者、けげんな顔をする者、食べても食べなかっても話しのタネ。だが梅干しは、まったくの不人気。クリリンも5本箸で唐揚げを頬張り、愉快な時間が瞬く間に過ぎて行く。午後8時、停電になって、やっと静かになる。
