第49回の日本西蔵学会大会が11月10日(土)の午後に国際日本文化研究センター(京都市西京区/現大学共同利用機関法人人間文化研究機構国際日本文化研究センター)で開催されました。

今年から学会会長に大谷大学の小川一乗先生がなり、事務局も大谷大学内に置かれるようになりました。
今回の会場はそうとう辺鄙な(失礼)ところにあるにもかかわらず多くの会員の参加があり盛会。東京からダライラマ法王日本代表部のザトゥルリンポチェ氏も来られてました。
六名が研究発表を行ないましたが、以下少しずつその内容を紹介してみます。
第49回日本西蔵学会大会 各発表
『量評釈』「現量章」第354偈の解釈 -チベット仏教文献を中心として-/新井一光(駒沢大学大学院)
PV現量章第354偈の gzung ba ‘dzin pa rig pa dag とい部分つまり「所取」と「能取」と「(自己)認識」がどのようなレヴェルで捉えられていたのか、という問題をチベット人の注釈書類(ゲンドゥントゥプ/ウユクパ/ギェルツァプジェ/ケートゥプジェ/コラムパ/シャーキャチョクデン)に依りながら考察したものです。
チベットの注釈者の考えはおおよそ一貫しており、これらを三つ並べて同じレヴェルで捉えるという意味ではないことが確認されます。つまり所謂「相分」「見分」「自証分」という意識の三分説は成立し得ない。という内容でした。
八世紀中葉における吐蕃の対南詔国政策/大原良通(関西大学)
南詔国というのはビルマから北東ちょうどチベットからベトナム方面に抜ける路筋にある軍事的には古来要衝の地で、ずっと後にはモンゴル帝国が南宋を攻める時にも重要な拠点だったと聞いています。今回の発表はそれよりもずーと前の吐蕃時代のことで、古代チベット語で記された「格子碑」に出てくる人名「ロンチブサン」を比定しながら唐の支配から吐蕃の支配へ、そしてまた唐の支配へというこの地の変遷を敦煌チベット語文書や『旧唐書』、「南詔徳化碑」等を使って考察したものです。
面白かった。大原さんは現代中国語やチベット語が堪能な人で以前北京に行った時にもたいへんお世話になりました。
チベット語における“寺院、城塞・宮殿”を表わす語彙について/大岩昭之(東京理科大学)
チベット語の辞書に採録されている単語の中から建築に関する用語を計量的に分析して形態素というレヴェルで分析しようというのが、大岩氏のやり方です。
実はわたしにはその本当の意味や価値が十分には理解されていないのです。言語学の専門家からも内容的な質問がなかったのでよく分かりませんが、多分分からないのはこちらの落ち度で、チベット語としてその元の意味や言葉の歴史を少し知ってしまっているので一般に使われている活きた言語の形態素として捉えるという観点からは問題ありかも知れません。
日本語でも「鈴木さんち」の「ち」がもと何であったかは普段考えずに使ってますから、大岩さんのやるように、辞書に限定し、計量的に分析する理工学的なアプローチが持つ意味は十分にあるとは思います。
中観派の二諦説における「考察(vicara)」/那須真裕美(国際日本文化研究センター)
中観派の諸論師(中期中観派から後期中観派にかけて)達が勝義諦と世俗諦の二諦に対して、どのようにアプローチしたのか、特にそれらに対して「考察」する態度を示したのかどうかという観点のもとに、バーヴァヴィヴェーカ/チャンドラキールティ/シャーンティデーヴァ/ジュニャーナガルバ/シャーンタラクシタの説をチベットの注釈書を使って考察!!したもの。
バーヴァヴィヴェーカは明確ではないが、チャンドラキールティ以降の論師たちが想定する二諦説には「勝義へ志向させる諦」を否定する働きを明確に見ることができる、と結論されてました。
『禅定灯明論』漸門派章について/宮崎泉(京都大学)
一時、日本の西藏学に関する学界で盛んに研究された『禅定灯明論』(サムテンミクドゥン)の再度登場です。
前回登場の時は、中国禅の伝統とニンマ派のゾクチェンがどのくらい近いのか、という観点に注目が集まったのですが、今回の取り上げ方はちょっと違います。
『禅定灯明論』の第四章はいわゆる漸門派の見解を説明する部分で、当然結論的には劣った仏教理論として紹介される部分です。いわゆるサムエの宗論でカマラシーラが勝って大乗和尚が負けたことになっているのが仏教史文献の筋書きで、勝った側のカマラシーラの『修習次第』(バーヴァナクラマ)には中国禅が極端に劣った姿で揶揄されてます。これとは正反対にこの『禅定灯明論』にはカマラシーラの説が『修習次第』とは違ったかたちで引用紹介されている、という大変面白い研究です。
勉強とは全然関係ないですが、宮崎さんは初期仏教やアルダマガディをやってる榎本さんと感じ似てますね。質問に対して愛想なく返答するところも似てます。
蔵外文献木版印刷についての一考察/伏見英俊(東北大学)
最後の伏見英俊氏の発表は、チベット人の著作の版木による出版が最初期にどんな風に行われていったのか、という問題に取っ掛かりを付ける為の研究です。
その最初期の例としてサキャ派の祖師達の著作の幾つかを出版した、いわゆる「ホルパルマ」と呼ばれる古版のコロフォンやマージンに彫られた彫り師の名、印刷面横にあるパクパ文字の施主名等に注目されてます。
実はこれらの古版は別の意味でも大きな役割りをはたしていました。というのは、その版木の最初の葉には祖師の像が彫られるのが普通ですが、これが絵画の、つまり祖師像のイメージを定着させるのに大きな役割りをはたしているのです。
ゲルク派にもガンデン古版(パルニン)というものがあってツォンカパ在世時にきわめて近い時期(死後6年目)に開版された古書が現存します。今後この分野が多くの研究者の力を集める形で進展することを期待したいと思います。
懇親会は大変楽しい時間となりました。

オカメインコの石濱先生や星泉さん等日本チベット学界が誇る花(あ、そうそう、貞兼綾子先生はいつまでたっても若い)を中心に、テングリノールの手塚さん、ユンドゥンリンの三宅さん、文殊師利大乗仏教会の野村さん等の怪しきチベット学者、それに加えて新進気鋭の加納さんや岩尾さんや櫻井さん等京都のまじめ派研究者、かと思うと何と前々会長の長尾雅人先生がお越しになっていました。
先生(今年94歳)が懇親会でアムド出身で佛教大学研究生のソナム君(年令は約三分の一!)とお話しされている姿を見て、チベットの勉強を続けてきてよかったと思ってしまいました。
