「ミヨッさんのダラムサーラずっこけ探訪記11」(三好孝さん)

ダヤンウルスの御意見番、枚方の三好孝さんが、日本に住むチベット人のノルブ(仮名)とその奥様(日本人)のモモエ(仮名)そして彼等の長男クリリン(もちろん仮名)の里帰りにくっ付いて、インドに行かれました。その旅行記が面白い!さあ、いっしょに楽しみましょう。


2月10日、土曜日。谷は深く斜面は急で、いつ滑り落ちてもおかしくないくらいのガレー場が続く中を、バスは7曲がり8折れして、急坂を登っていく。道幅は筒一杯で、対向車が来たらどうするんだろう。車は不燃化した黒鉛を上げながら喘いでいる。先ほど、半時間前、葛篭折りの急カーブで、頭を無理に叩かれて、私は起きてしまった。時計は6時前だが、始めて訪れる土地への憧れと、伸びた枝先を叩き折る音の恐怖感とが相まって、再び寝る事が出来ない。前景の山々の山肌が痛々しいくらいに荒れていて、そればかりが眼に残り、後方のヒマラヤ連山は見えないが、寒気は伝わって来る。ベンチコートを羽織り直して見渡すと、私同様に、先ほどのショックで、起こされた人達が多くいる。オコウのクリリンなどは、狭い席に飽きて、チャンバの横顔を引っ掻いている。まだ図太く寝ているのは、ノルブモモエくらいだ。6時38分、12時間の長旅は終った。やっとの思いで、アッパ・ダラムサラに到着する。

早朝だというのに、LOSELING GUEST HOUSEから、5人の僧侶達が出迎えに来てくれていた。歩いて4〜5分の所にゲスト・ハウスがある。このロセリングもDoboom Tulkuリンポチェが管理しているとの事で、デリーのLoseling Houseとは提携の宿で、その違いを区別するために、ダラムサラの方には、“GUEST”を、わざわざ入れているそうだ。三好さんの部屋は307号室を用意しているが、先客の旅立ちが昼過ぎになるので、取り敢えずはノルブ達と同室してくれ、と言う。ノルブ達の部屋は3階で、階段を上がった所の301号室で、307は、その向かいにある。3人半の荷物を入れるとベットの上にしか座る所がない。「疲れているのなら、寝て下さい」、モモエは女性らしい細かい気遣いをしてくれるが、とてもじゃないが寝る状況ではない。ふだん日本では午前様で帰り、遠方の仕事に7時発のときもあるので、少々寝なくても、と辛抱する。女性ならではのこともあるので、モモエを置いて下の食堂に行くことにする。

食堂の席に着くと、お父っあんやチャンバの姿がない。どうしたの?と、聞くと、お父っあん達は従兄弟にあたるショールが借りている下宿の部屋に行ったという。あとで聞いた話だが、モモエがチャンバ達に毎月送金しているので、部屋が借りられているらしい。「このロセリングの食堂は朝食しかやっていないので、これからは昼食と夕食は、共に外で食べることになります」ノルブの説明を受けながら、メニューを開くと、言ったとおりのブレック・ファストの品書きしかない。パレにバターとジャムを添え、フレンチエッグ(オムレツの具の無いもの)とチャーイを頼む。ノルブはチャンメン類を頼みたかったようだが、私がクリリンのことを考え先に3人前を注文したので諦めたようだ。チャーイに卓上の砂糖を入れる。ウチのヨメハンのように甘さが全く足りない。2杯目を入れる。変わりなし。これでは、カップ半分に入れても同じだろう。ウエスト・バッグからパルスイート(シュガーレス甘味料)を取り出す。甘い!おいしい!小匙半分でおいしさが沸き立ってくる。至福のひとときを実感する。

パレが来た。相変わらず、分厚いヤツだ。おぅ!ノルブが器用に真一文字に割る。それからバターとジャムを付け、クリリンに手渡す。クリリン、それをうまそうに喰い始める。えぇ!パレって半分に割れるのだ、なんってこったぁ!それならそうと、何回も食卓を同席しているではないか、なんでもっと前に知らさないのだ!パレを割って、その間にフレンチエッグを挟み、玉子サンドを創りながら、腹の中で、「ノルブのバカタレ!」って叫んだ。口に出さないのは、私が紳士であるのと同時に、自分の無知をも隠すためだが…..。

モモエが洗い髪で降りてきた。お父っあんとの初対面、能天気で天邪鬼の亭主、幼子への怪我や病気への心配、そして無理難題を吹っ掛ける私、色々な緊張を強いられてきたのを、開放するかのように。
「今朝着いたばかりで、三好さんも大変疲れていると思いますけど、部屋が空いてないことにはどうしょうもないですわ。たぶん昼過ぎと言っても夕方になると思います。夕方のデリー行きのバスなんかに乗るだろうと思います。そこで、思い切ってノルブラカン・リンカに行きましょう。それでナムギュト・ゴンパ(寺院)に行って、カルマパ17世に、謁見を申し込みましよう」

モモエがミックス・ツィーパーを食べながら言う。
「ええ〜と、ゴンパには僕の友達がいるから、プライベートを申し込みましょう。それから、今晩、リンポチェと逢えることになっているので、是非ミヨっさん、行きましょう」モモエの終わりの言葉を待たず、ノルブが強気で言う。

えぇ、個人謁見?それは無理だろ〜う!少し大風呂敷ではないだろうか。ノルブをちょっと、睨んでやった。だが、ノルブは真面目だ。まぁ仕方がない、それならそれで相当額のお布施を用意しょう。そして、リンポチェとお逢い出来るのを楽しみにしょう。

朝食を無事に終ると、入り口の受け付けに行く。チベット人はすぐに、人を紹介したがる。しかも自慢げに。「ミヨっさん、サブマネジャーのチクティ・ドルジェーさん、こちらが部屋係りのシャント・セイジャさん、料理も作ります。同じくセノゥル・ゲンズウ、通称サブちゃんで僕の一番の親友。それから僕達の先輩の、シャンバー・ウンチェンさん。マナーリーのチベット小学校の教頭先生で、仏教を教えている。とても偉い人です。今は学校が正月休みなので、此処に遊びに来ています。ミヨっさんは枚方一の造園会社の社長さんで…..」

ノルブが長々と喋る。名前が上がる度に、私は合掌して、「タシダレ、タシダレ」と鸚鵡返しに言い、「ネミラ、ミヨシ、セキレ」と、握手を交わす。言葉はデリーでの慣れも手伝い簡単だが、それに対して彼等の握力は相当に強い。始めは軽く握っているが、害?の無い人間だと解ると、人なっこくなり、強く握り締める。私も負けじと30から35くらいの握力で握り返すと、その2倍はお返しがある。背の高いシャンバー・ウンチェンなどは、最初から私を見下ろし、いきなり、プロレスラ並みに握ってくる。しかも「遠路はるばる良く来たなぁ」とばかりに、背中まで叩く。その痛いこと、痛いこと。痕が残る。言葉は早口だ。しかも出身地により方言があり理解し難し。しかし、モモエの通訳と表情などで大体解る。そんな所にチャンバがやって来る。それまでむずかっていたクリリン、チャンバの腕の中に飛び込む。それを汐にチャンバやショールのアパートに、お父っあんを迎えに行くことにする。モモエは援助しているが、借りている所に行くのは始めての様子だ。アパートはゲスト・ハウスの裏筋の2ッ目の建物の2階だ。コの字型に曲がり、右奥の8畳一間が借りている部屋だ。中に入る。ベットが二つ、自分達の私物を入れて、お父っあんとチャンバが寝ると、もう一杯だ。しかもその部屋の中に台所を作らなければ、我々の様に外食では経済が成り立たない。
「もう1人は、どうするんだ?」と、私が聞くと、
「このショールは遊び人で友達なんかの所に行って、3日に一回ぐらいしか帰りよらん。そいでもって、折りたたみ(のベット)で寝よるんよ、それで充分なんよ」

従兄弟のショールには、あまり良い印象を持ってない様子で、モモエが三重県弁で言う。モモエが、人を評価したのは、これが始めてで、ショールの行状には、ほとほと困った様子であった。
「ミヨシさんは、タンカに興味を持っていらっしゃるらしいと伺いましたが、僕が書いたタンカを見て下さい」そんなネガティブな評価を受けているのに、モモエに通訳してくれと、ショールが言う。モモエは困惑気味だが、無碍に断れないので、
「良かったら、見てやって下さい」小さな声で、短く言う。
「これが、僕の描いたタンカです、どう?うまいでしょう!」

言うより早く、ショールが自慢げにタンカを並び始めた。タンカは3枚、1枚は未完成で問題外。2枚目はニ十一尊度母の緑度母で、通称グリーン・ターラ、もう1枚は同じくニ十一尊度母の白度母で、通称ホワイト・ターラで、共に大判の写画。絵の出来はと言うと中の下。
「師匠に仕えて8年、自分で描き始めて5年。今でもあっちこっちの寺に、頼まれて描きに行きます。僕の絵は、多くの外人さんが絶賛して買ってくれている。あなたも買わないか!」

モモエ、困惑の表情をしながら通訳する。ショールはその最中も、私の購買力をそそるように顔色を窺う。こいつはバイヤーか、初対面の私に、いきなり物を売ろうとするなんて!モモエがいうとおり、油断も隙もないヤツだ。師匠に仕えて8年?自分で描き始めて5年?すると、実際は師匠に付いて習ったのは3年、自我流の小手先画か?言っちゃ悪いが、私なんぞは京都の山科にある仏画道場に月一回であるが、一日2万円も払って習いに行っているのだ。8月の休みを除き、年間22萬円も支払い、通信費、諸材料代など合わせて、30萬円近くは消費しているのだ。習い始めて2年、まだ繧繝彩色しか描かせて貰えない。その先生曰く、「仏画は手先の器用さで描くのではなく、内面から出る仏心で描かれなければならない。彩色や配色なども充分に学ぶ必要はあるが、仏画には仏教の教理や人間学など各々の決まり事があり、まずそれらを学びなさい」と言われているのだ。早く描きたい気持ちはあるが、シャクながらも、言われたとおりのことをやっているのだ。その成果のひとつの現われとして、リンポチェに手渡したいと思っているのが、紺紙金泥の阿弥陀如来像なのだ。——う〜む?ノルブよ、お前がデリーで言っていた「額縁屋を知っている男」とは、このショールのことか?うぅ〜ん、それはまずいなぁ、リンポチェには「生」で渡されないし、やはり額縁に入れた方が見栄えも良いだろう。う〜ん、へたに怒らさん方がよいだろうな、ノルブやカオリの顔もあるし。まぁ、値段だけでも聞いておこうか。———何!?USA160$だと!!160X120円=日本円で、19,200円は、此処での生活水準からすると、超べらぼうに高すぎる!〜チョット考えさせてくれ。しかし困ったぁ、このショールの野郎、値段を聞いたら買って貰えると思っていやがる。おお〜い、ノルブよ、何とか言って額縁屋だけに走らせろ!立派な額入りが出来上がったら、リンポチェに見せ、喜んで貰えるなら、改めて買う、買わないの話しをしょう。ノルブ、通訳しろ!

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