ダヤンウルスの御意見番、枚方の三好孝さんが、日本に住むチベット人のノルブ(仮名)とその奥様(日本人)のモモエ(仮名)そして彼等の長男クリリン(もちろん仮名)の里帰りにくっ付いて、インドに行かれました。その旅行記が面白い!さあ、いっしょに楽しみましょう。
指定席の切符は買えたが、確実に席が確保された訳ではない。
当日、指定席に行くと先客が座っているという、ダブルブッキングなどは日常茶飯事の国なのだ。
たとえ指定席に座れても、列車の遅れは毎度毎度のことで到着は解らない。と、いうのがモモエの弁で、手放しに喜べないと言う。そんな列車事情なのに、人が真剣になっているのにもかかわらず、この人はいつもチャチャをいれるんですと、モモエの凱旋将軍のような弁明。
まぁ、とにかくよかった、勝利者のモモエと肩を並べ、チャンドラの車に乗り込む。ノルブよ、今暫くはモモエの機嫌が完全に晴れるまで待て!
靴屋に行く。買うときに通訳したのはノルブで、その責任を取らすべく、ばかたれ小娘店員を見つけさせ、ミスを追及し交換するように要求させる。小娘店員は黙って受け取り、また黙って受け渡す。
見ると包んできた新聞紙に入れてあるので、新聞を広げ、靴を下に置き、サイズを確かめる。
サイズ6はグッド。だが、その頃には小娘店員は、トイレに行く振りをして奥に引っこんで姿なく、謝りもしない。本日3回目の「これがインド」を体験する。腹立ち顔で、服屋へ向かう。
今度は穏やかな気持ちで交換したいので、モモエに通訳して貰う。
売れ残ったものをやっと捌いて気持ちよかったのに交換にきやがったぁ、仕方がないから交換したろ、そんな渋々の態度が一目で解った。だが、そのあと、
「今日はヒマでしょうがない。日本の大旦那、景気づけに何か買ってくれ」商売気のある店員である。こう言われればサバサバするが、今は購買意欲が湧かないので、私も、
「それじゃ、この旅の終りにでももう一度きて、気にいったものがあれば買おう」調子に合わせ取り繕う。互いに商売人どうしなら良いだろう。
終日、夫婦喧嘩が続く。
コロニーに戻って来てもノルブはノルブの行動、モモエはインタネットカフェに入りびたり。私は、久し振りの洗濯。
ツェタン・ホテルのレストランに夕食に行く。ろうそくの灯りで食事を取るのは、一見ロマンチックそうに見えるが、それはフランス料理などの西洋料理の話しで、チベット料理の危険度は70パーセント。腸詰のギューマにいたっては100パーセント、駄目。そのギューマをノルブは、うまそうそうに喰う。
おぅー、ノルブのギューマにモモエが手を出した。———喧嘩は終っていたんだ。
2月9日、金曜日。今夕、ダラムサラに向けて出発とのこと。
「トラブらないように自重しましょう」朝食時のモモエの言葉に従い、表には出ず洗濯物を干しに、屋上に上がる。干しながら、周辺の景色を見る。
高い空がある、とうとうと流れるヤムナ—河がある。ヒマヤラより出でてムスリを抜け、デリーを通り、マトゥラーとアーグラーを経て、アラハバードでガンジス河と合流して、「ガンガー」の愛称で呼ばれる。そのあとバァーラーナティで沐浴に使われ、サールナート、バトナーに辿り着いて、カルカッタを潤してベンガル湾に注ぐ。今はまだ上流域であるところのヤナムー河が、其処にある。
11〜2月は乾期だが、4月からの雨季には相当量の水かさになるだろう。そうすると河川敷に立っている、このコロニーにも相当なダーメジーを与えるだろう。しかし今は、この環境を受け入れるしかない。せめてタルチョとルンタだけでも、青い空に旗めいて欲しい。
「ミヨっさん、僕ともう一度、オールド・チベッタン市場に行きませんか」
詩情豊かにして、センチメンタルな心の持ち主の私に、デリカシィーの一片もないノルブが、そばにやって来て言う。昨日買いそびれたので、買いに行こうというのである。「自重」の意味をまったく理解していない。
ノルブはふるさと?に着いてから、ますます野生化してゆく。勝手にしろ!と言ってやる。ノルブは、私の意図するところも、まったく理解していない。なおも誘う。仕方がないので、150メートルロードだけ付き合ってやる。
ツェタン・ホテルの下の雑貨屋に行く。ノルブは、ナイキのシューズを手に取り、じっと欲しそうに眺める。店員に値段を聞く。USドル165、インドRs6,500ルピーという。日本円19,500円、そんなものだろう。ただし本物ならばの話しだが。
私には何人もの手垢で汚れたそのシューズが、本物にはどうしても思えない。息子の履くナイキはひゅ〜となった部分を含め、一貫性のある流れに対し、目の前にあるものは、なんとなく違和感があり躊躇する部分がある。基本的に、USA製品がこんな場末で売っているとは信じ難いという先入観が先に立つのが、大きな理由である。ノルブも、私の顔色を汲み取り、買うのを止める。表に出ると、
「僕は、あのプライスは高いと思う。靴の底に4,500の札が張ってった。僕の足元を見て高く言う、馬鹿にしているから買わない」
悔し紛れのように言う。うん、そうか、聞き分けてくれたか。
「ホテルに帰ろう」と言う私の助言を無視したように、「僕、やっぱりオールドに行ってきます」と言う。それじゃ1人で行ッといでと突き放すと、リクシャーの方へと走る。私はホテルに戻り、ここでの疲れの全て取るために、朝寝をすることにしょう。
2〜3度、ドアをノックする音で目覚めた。モモエが昼食の誘いに来た。
「ノルブは帰って来たか」と聞くと、「戻ってきょらん」、との返事が明るく返ってくる。明るく返答されても、良いのか悪いのか対応に困るが、後ろにはクリリンを抱いたチャンバがいる。そのまたうしろに、お父っあんが居る。つまりノルブを除く一族が勢ぞろいしたのである。それじゃ思い切り豪華なものを喰いに行こう!
高級、豪華な食事を、と張り切っても、このメンバーとこの場所では知れている。しかし下の食堂も飽きたし、レストラン・ヒマラヤンもまずい。結局はツェタン・レストランに行くしかない。いつもといっしょか。せめて席だけでも1等席にしょう。机を二つ並べて、8人の席を4.5人で使おう。どっちみち、ここもヒマなのだから。
インド料理もやっています、と聞いたことがあったので、モモエにその旨を言う。モモエはマスターを呼び、料理出来るかと尋ねる。マスター、「少し時間が掛かりますが、チョット!待ってくれますか?」と返事する。モモエが「待ってみますか?」と聞くので、私は右手でOKマークを出す。マスター、小僧に指図する。小僧、大慌てで表へ飛び出して行く。おいおい、おぉ〜ぃ!コックを呼びに行くのか?それとも材料を買いに走るのか!モモエは笑っているが、私の心中は「ここはインド、これがインド」で、一抹どころか沸騰点に近い大騒ぎである。
今日も驚かされた。最終的に食事が終ったのは、14時15分で、オーダーしてから、実に1時間35分かかった。
喰ったものは、パチャディ(野菜入りヨーグルト)、クトゥ・カリー(ココナッツ・ミルク入り野菜カレー)、チキン・コールマー(チキン肉のヨーグルト漬けのカレー)。それに、チャパティ(フスマ入りインド独特のパン)とマタル・ダール(グリーンピースのスープ)で、プーリーが1個づつ、おまけについて来る。
総合評価は…….まずい! モモエのウエスト・バッグにあるキッコマン醤油をかけても、大味は大味だ。特にマタルの「グリーンピースは堅い」のと、豆類を食べ慣れていない私は、ただ単に注文した責任感から食べるだけ。これではイカン!ゲスト・ハウスに大急ぎで戻り、パンシロンと正露丸を多量に飲もう。
モモエに付き合ったので、蛙のような腹になる。ホテルの自室に戻ると、胃腸薬を飲む。ついでに梅干と海苔を取り出す。口直しに食べる。これは別腹。
「深夜のバスだもんで、それに道路の舗装も悪かもんで落ち着いて寝られやんかもしれんで、寝られる時に寝貯めして置いて下さい」、モモエの三重県弁の暗示か、それとも喰い疲れか。トランクの整理をしていると、眠気がやって来る。少しだけ昼寝をしよう。
「ミヨっさん、よぉ〜い(用意)出来てますか!?」
激しく叩くドアの音に、起こされた。ノルブの大声だ。時計を見ると、5時近くになっている。ノルブを中に入れる。
「えぇのんあったか?」など、雑談をしながら整理の残りをする。
「京都と違って、ここら辺では、あまりイイのはありませんねぇ。そこそこの物を買いました。メイドイン・チャイナ製で850ルピーでした」少し曇った顔で言う。
「うぅ〜ん、そうか。そりゃまぁ良かった。ところでモモエの方の、準備はもう出来ているんかい、どないやねん?」私は、トランクの蓋を閉じながら尋ねた。
「準備は昨日の晩から、してたから、だから今日はあまり無い。だけどモモエさんが大変、まだ怒っている。僕、困る」ノルブ、しょ気て言う。
「ノルブよ、あまり調子に乗るからだよ。君はもう少しデリカシィーを持たないと駄目だ。日本から帰った凱旋将軍のように、得意げにしていると、此処にいる人達の中には自分の境遇と示し合わせて、反感を、いや嫉妬や妬みを持つ者も出てくるのをモモエが心配しているのに、君が従わないからだよ。まぁ、あとで取り成してやるから、少しおとなしくしとけ!」どこまでおとなしくなってくれるかは疑問だが、諭す。一応、解ったような顔をするので、干した洗濯物を引き上げに行くのを理由にして、部屋に帰す。
5時20分、すべての準備が整ったところに、ノルブが再びやって来る。荷物を運びに来たというので、頼むことにする。大きなトランクだけを頼むつもりだったのに、ドルジェやサンニィンともう1人の4人で、そのほかの荷物まで持ってくれる。大変うれしい。
ディバッグひとつで下の食堂に行くと、お父っあんを始めとする一族が揃っている。「何かたべますか?」と、モモエが聞くから、「君達は?」と逆に尋ねる。モモエは、「11時前後にバスが大休憩?をするので、今は何も食べたくない」と言う。お父っあんとチャンバはモモエらに負担をかけまいと5時前に食べたと言う。最後にノルブに「君はどうする?」と尋ねると、ノルブは「僕は食べる」と言う。またまた性格不一致だ。ノルブは、本当に日本に帰化できるのであろうか。もし万が一、モモエが本当に怒って日本に帰ってしまうと、ノルブは二度と日本に来れない!という危険性を孕んでいると言うのに、まことにのー天気だ。
私のそんな気宇的老婆心をよそに、ノルブは勝手に厨房に入って行く。そして作ってきたのは、やっぱりチャンメン。しかも4人前だ。だが、調理したノルブ以外は喰わない。大量に残る。あとはドルジェ達、ホテルの人達に食べて貰うしかない。ノルブがパクついている間に、お父っあんとモモエはミルクティー、チャンバはコーラで、私はバター茶を注文する。
飲んでいると、モモエが日本語で、「ドルジェさんやサンニィン達にお布施を上げても良いですか」と聞く。あぁ〜そうだった、彼等はお坊さんなのだ。金額はどの程度かは、野暮だから聞くまい。モモエ、財布お前に預けているので、適当にしてくれ。足りなければ言ってくれ、今日は1ルピーも使ってないので、まだまだ、たっぷりある。
クリリンが、モモエのミルクティーをいじり、チャンバのコーラを遊び始めた頃、陽も落ちてきたのでそろそろポタラ・バスの所に行く。
おぉ〜お〜、骨董品がある。たっぷり、あちこちに、歴戦の勇者のように傷がある。それも相当ひどい、重症の傷だ。勿論?タイヤは丸坊主。すでに黒鉛は立ち昇り、車体は小刻みに震えている。私のトランクは無雑作に放り込まれ、その上に大勢の荷物が襲い掛かる。
車内に乗り込む前に、ドルジェとサンニィンが“カタ”をくれた。初めて貰うので、恐縮と緊張感が身体中に走る。
座席は中ほどの左側の席で、前にモモエとクリリン、私ひとり、そのうしろにノルブ。そして右うしろにお父っあんとチャンバが相席。そのほかの客達も1人で席を取る者、2人相席と縁故の関係で席を占める。モモエ曰く、こんなに空いているのは始めての事だとか。6時34分、定刻を待たず、予約客が全員乗ったところで出発。
鼻を摘まれても解らないほどの暗闇の中を、ヘッドライトの灯りだけで走る。乗客達は、運転席がドアと金網で仕切られてある分だけ、恐怖を増す。もうすでに3時間は無音で走っている。小刻みの揺れは車体の揺れか、それとも乗客達の震えなのか。
突如、私の左前に座っていた男が立ち上がる。男は脱兎のごとく走り、仕切られているドアを激しく叩く。何か持っている!バスジャックか?一瞬にして背筋が凍る。男が叫んでいる!男の背中で遮られ、僅かながらも入ってくる外光も、すでに3分は遮断され、乗客達は沈黙を強いられている。所々の室内灯が、さらなる影を作り緊張感を高める。男がまた叫ぶ!
男は握りこぶしを大にして、ドアを叩き喚く!そして睨み付ける様に、乗客達を見る。男の横顔には、真冬だというのに、脂汗が滴るほどに浮かんでいる。それを見て、横の者どうし互いに顔を見合わせ、これからを心配する者。さらに、新たなる寒さ憶えた乗客の中には、毛布を深く頭から被る者まで出てくる。
キキィーキィー、バスは乗客の身の安全を考えてか、大きく2度3度、車体振るわせ急停車する。仕切りのドアが開く。男が車掌に要求する。車掌、男の要求どおり出入り口のドアを開ける。男、転がるように表へ、飛び出す。
今のうちに車を出せ!——私は叫びたかった。そんな私を止める者がある。ノルブだ。
「ミヨっさん、わたし達も表に出ましょう。トイレ休憩です」
何?トイレ休憩だと?こんな野っ原の真ン中でかい!?私の疑問よりも早く、乗客達が降り始めた。三々五々に2〜3人連れで近くで用を足す者、1人で少し遠くでする者。気の毒に木の繁みに隠れて……なさっている女性もいる。白いヒップが月明かりに見える。目のやり場に困って見上げると満天の星。
学生の頃、山岳部に所属していた。白馬や八方尾根の沢で、あるいは大峰山中でテントを張った時など、このような満天の下で、よく用を足したものだ。古い記憶が甦り、久し振りに追体験をする。良く出る。10分の1を排出しても、留まるところを知らない。うう〜ん、実に気持ちが良い。
車内に戻ると、ノルブがクリリンを抱いている。モモエは?などと聞くほど私は馬鹿じゃない。やや暫くして、ぽぉ〜と頬を赤らめ、やすらぎの顔で戻って来る。10ルピーのチップをはずんで、バスを停めた男に感謝したい。
そのあとバスは何事もなかったように走り、さらに走って1時間半。11時を少し回って、その古い車体を大きく90度に曲げ、いかにもインド風のドライブ・インへと入る。ここでモモエのいう「大休憩」となる。「どれぐらい停車しているんだ」と、問うと、それは運転手の気分次第という。だが「1時間はタップリ休憩するから大丈夫です」と、ノルブがシャシャリ出て言う。あぁ〜あ、「ここはインドだ」ということを忘れていた。
一族郎党揃って食堂に入る。お父っあんとチャンバは相変わらず遠慮しているので、モモエに適当にオーダーしてやれと言い、私も適当にと言いつつも、「カリーとナン」ときっちり希望を言い、トイレに行く。
何故?インドのトイレは汚いのだ!そして小便器の位置は高いのだ!それに行く先々で、高さが違っている。取り付ける位置に基準はないのか!?
「エイズ以外なら、なんでも効く」という抗生物質、OOグローブをくれた小野水道の社長・小野氏に対して御礼と敬意を称して書くと、非常に衛生観念が無い!ほら、見てごらん、女性用と男性の区別が無い!ドアが壊れている!鍵が掛からない!先に用を足した奴が流して行かない!詰まって流れない!修理しない!
小野さん、ベトナムで1ケ月講習して来た実績を活かして、このインドでも是非、講習会を開催してやって下さい。爪先立ちをし、背のびして、やっとの思いで用を済ませなくてもいいように、造り変えてくれ。ズボンを汚さなくても良いように、もっと低くしてくれ!
トイレより戻る。しかしカリーは出来てない。ナンを頼んだのが間違いだった。客の注文を聞いてから作るものは、こんな場合はまったく駄目だ。そして、「あそこで運転手達がまだ食べているから安心だ」というチベット人は、もっと駄目だ。イライラしてくる。お父っあんやチャンバのようにチャーイとかマンゴージュースにしておけばよかった、反省。
15分後、やっと来る。茶色のような、オレンド色のようなカリーだ。急いでパク付く。「大丈夫、大丈夫、まだ時間がある」とノルブは言うが、何が大丈夫なものか、運転手が立ち上がった。ノルブが「まだまだ」と能天気だが、
「あんた、はよ食べ!わたしなんか、この前、置いて行かれたんやんで。200メートルも先で、隣りに居った人が騒いでくれたから、よかったもんの、ここはインドやねんで!」
モモエが叱る。そうだ、モモエの言うとおり、バスは定刻時間よりも客の顔を、いやいや自分達の都合に合わせて運行しているのだ。念のために、お父っあんとクリリンを抱いたチャンバをバスに向かわせる。他の客達も、運転手のあとを追うようにして席を立つ。
ノルブは、最後のひとかけら迄喰いたそうだが、モモエがさらに怒るので、口惜しそうにスプーンを置く。モモエが怒るのは無理のない事で、運転手達は此処に客を連れてくることにより、店側の無料提供を受けるので支払いはしない。これは日本と同じ。それ故に外へ出るのも早い。
レジに5人並ぶ。インド人は計算に弱い。モタモタする。タックス込みの計算なのに、まだ余分に金を取ろうとする。大きな金を出せば引き算が出来ない。それに、おつりを渡すのも遅い。1枚の勘定に2分以上掛かる。モタモタする分だけ、最後尾のモモエの胃が痛む。やっと終る。
「喰ったもん、吐きそうですわ」
モモエが走りながら言う。だのにノルブは、今度は「バスに乗り遅れる、早く早く」と急がせる。なんという身勝手な奴だろう。
バスは我々3人が、ステップに足を乗せた瞬間に発車する。右に左に暗い中を、席を求めているうちに、大きく右折し、元の国道に出ると、ひたすら北へ、北へと爆進する。それから半時間余り、バスは、時には大きな唸り声を上げ、また時には必死にあえぎながら、右折、左折を繰り返し、そして急ブレキー、急な加速をつけ、アップダウンを繰り返す。私はその都度、右肩を叩かれ、左肩をぶつけられ、前につんのめりになり、頭を後ろに逸らす。さらに慣性の法則に従って身体を捻りながら、あるときには空中を舞い、またあるときは座席深く身を縮めたりするのであった。これは他の乗客達も、同じ行動を強いられている。そろそろ、ドライブ・インで飲んだ睡眠誘導剤が効き始めてきたようだ。
あのひときわ、際立って大きい星が、南十字星か……..私は、気絶したように眠りに入る。
