「東チベットスケッチ旅行 ーひとりごと日記ー」(竹内淳子さん)

今回は、ギャラリーでおなじみの竹内淳子さんからのお便りで、チベットのスケッチ旅行をお送りします。


私は、ダヤンウルスに絵を載せて頂いている、絵描きです。今年6月末から7月末まで、東チベットにスケッチを目的に行ってきました。

絵を描くための旅行なので、ほとんど個人で行動し、最近はドミトリーにもあんまり宿泊しなくなったので、旅行中、ブツブツと独り言が増えました(年のせい?)

女ひとりでも、なんとかなるさ、をコンセプトに、私のひとりごと、ちょっと聞いて下さい。

【6月27日 晴れ 関空ー上海ー蘭州】東チベットの入り口になる蘭州まで、日本から1日で行けるように日本の旅行社に手配してもらったので、楽勝。と思っていたが、上海ー蘭州の国内便が遅れている。そう、チベット空間まで安々とは行けない、旅する毎に思うことなのに、いつも忘れる。

飛行機の発着ボードを見つめながら、長い長い退屈な時間….上海は大都会、しかも、飛行機に乗れる中国人は、生活レベルの上の人々。少数民族好きの私は彼らをつい探してしまう、が、列車の駅じゃないから、無理か….蘭州に着くのは、きっと夜中。気持ちも沈む。

すると、漢族の人たちに混じって、懐かしい白い帽子(日本のラーメン屋さんが被っている白い帽子に似ている、が、もちろん、刺繍なんか入っていて、オシャレ)回族(ムスリム)のおじさんが待合いイスの列の向こうにみえた。

蘭州は、回族の多く住む街なのだ。一緒の飛行機だね、よろしく。小さいスケッチブックに回族のおじさんの顔を描く。旅はもう始まっていたのだ。

【6月28日】昨日、いやもう今日だ。夜中の3時に宿に着いた。なのに8時過ぎに目が覚めた。

蘭州には用事はないので、お目当ての夏河のバスチケットを買いに行かなくちゃ。

しかし、蘭州のある甘粛省は個人でバスに乗るには保険証を買わなければならない。なんでも、昔、日本人旅行者がバス事故で亡くなり、保険金でもめてからここの省ではこういう制度を作った、という噂だが、ようするに外人料金みたいなものである。

十数年以上前、中国では「外人専門のお金」というとんでもないものがあったので、それにくらべれば、カワイイもんである。

なんて思っていたら、又、やられた。

4年前はスムーズに旅行社で取ってもらえたのに、なんか、システムが変わったらしい。2、3件旅行社をタライマワシにされたあげく、てにいれたパスをバスターミナルで拒否された。「ハンコがない。どこでとったの?」旅行社に決まってるだろ。「これじゃダメ。」どこで買えばイイノサ?「ココデ売ってるのよ」ーなにしにタクシーに乗って旅行社まで行ったんだろ。

4年前、保険は旅行社でなければ売ってくれなかった。

【6月29日 夏河(シャーハー)に向けて出発】夏河は、チベット文化圏でいえばアムド地方の東端にあたる。蘭州から長距離バスで、この日は朝8時に出て、4時には着いた。思ったより早めだ。

途中、臨夏などの回族の街を通って、あるところから突然、チョルテン(チベット式仏塔)が見えてくると、そこはもう、チベットの世界。ようやくキタ、キタ、という感じ。

【6月30日】夏河は標高2,900m。ラブラン寺と言う、とても有名なチベットのお寺がある。

今日は散歩のつもりで、お寺の入り口近くにある長い長いマニコルの回廊の所まで行こうと思う(この回廊を一周すると、30分かかる、その人に寄るが)が、宿から出たとたん、4年前来た時にもこんなに遊牧民係の人たちがいたのか、と思うくらいおしゃれなチベット人が通りにあふれている。

私の大好きな髪型ー細い三つ編みをたくさん編んでかたに流しているアムド・ヘア?の中年女性に絵のモデルを頼む。

路上で絵を描くのは、ちょっとした見せ物に、私自身がなることになる。

ヤジ馬にかこまれ、似てるとか、似てないとか、なにやってるのとか、描いてる私は必死だが、周りは楽しい暇つぶし。これに耐えられなければ、アジアでスケッチはできない。今日もお疲れ。

ライオン・ヘアの人

【7月1日】昼過ぎ、今日は、ライオン・ヘアのようなアムドの男の人にモデルを頼んだ。うまく描こうと思うほど、なんだかうまくいかない。思い入れが強いと時々こうなる。ま、そういう日もあるわな・・・

【7月2日 買い物】夏河は、ラブラン寺があるため、小さい街ながら、立派な観光地だ。お寺に行く道すがら、土産物屋や食堂、小さい旅社、市場となんとなくブラブラするだけでもたのしい所だ。

アムドの女たちが着る美しい民族衣装、髪飾りなども売っている。骨董屋は、なにに使うか解らないが、私にとって、魅力的な物がたくさん眠っているおもちゃ箱のような存在だ。

ここでは、チベット族の他に、もちろん、漢族、そして、回族もたくさん暮らしている。回族がチベットの骨董屋をやってたりする。そういうイイカゲンなところが、結構好きだったりする。今日は、回族の骨董屋と仲良しになる。

【7月3日 ラブラン寺見学】このお寺はかなり観光化されていて、ガイド役のお坊さんが、中国語、英語で解説してくれる。

久しぶりに日本人と会ったので、夕食をともにする。

【7月4日】お腹こわす。きのうの中華、調子に乗って食べ過ぎた、カナ?

夕方、小さいチベット・レストランでトゥクパ(うどんみたいなもの、あっさり味)を頂く。日本から来たというと、自家製ヨーグルトを出してきてくれた。おいしかった。

マニコルの回廊

【7月5日 たくさん描いた日】ラブラン寺のなが〜いマニコル回廊までやってきて、イナセな帽子姿のチベット人のおばさんをナンパして描かせてもらう。

横で見ていた若い母親と最後まで離れず見ていた目の大きな少女も描いた。今日はあんまり人に囲まれなかった。良い日だ。

マニコルの回廊の前は、青々とした麦畑が広がっている。アムドはチベットでも緑豊かな所だ。草原も美しい。風が心地よかった。

【7月6日】スケッチ手直し。

【7月7日】今日は風が強い。マニコルまで行き、麦畑を描く。

夜10時。中国人学生団体(修学旅行か?)がやってきて、宿中、大暴れ。ひとりっこ政策のヒズミであろうか。ウルサスギル、切レソウ・・・。

【7月8日】バス停に同仁(トンレン)行きの切符を買いにいく。が、当日売りだそうだ。又、あした。

【7月9日】朝7時半出発だが、1時間位遅れた。バスから見える風景は、ゴツゴツした岩山。それが山脈のように横に連なっている。その下に草原が広がり、黄、赤、白、青のゴマツブのような小さな高山植物がパラパラとふりかけみたいに咲いている。

一応長距離バスなんだが、村人にヒッチされてはバスは止まる。ヤギを乗せようとした人がいたが、これは断られた。5時間ほどで着く。

同仁は小さい街。チベット族の街にしては標高は低め。メインストリートは漢族の街と変わらない。

同仁/ゴンパへ行く道

【7月10日】11時に宿を出る。ゴンパを目指して歩く。

小雨が降っている。メインストリートを南におれると左手に山を背にして川が流れている。スコンと抜けた風景だ。ゴンパに向かう道沿いに仏具や日常品を商う店がボツボツと見えてくる。

ゆるやかな坂を登っていくと、前方の山にチベット式のお堂、僧坊、中国式の屋根のお寺も見える。迷路のような細い道を小さなマニコルの回廊をくぐって、お堂の中に入れて貰う。

細かな雨に濡れた中庭の緑に、黄、オレンジの菊科の花があちこちに自生していて、目に鮮やかだ。

【7月11日 西寧(シーニン)行きのバスに乗る】菜の花畑と回族の村を通り抜け、4時間ほどで着く。バス停に近いホテルに宿泊。西寧は安宿が少ない。

このホテルは、前、一部屋を2人でシェアするバックパッカー向けの部屋があったが、今はやってないらしい。荷物の移動を考えたら、時には妥協も必要だ。

ちゃんとシャワーからお湯が出る。うれしい(中国では、当たり前のことが当たり前であることが、奇跡のように感じられる、一度行けば解る)。

【7月12日】玉樹(ユーシュー)の寝台バス・チケットを買いに行く。

西寧-玉樹

【7月13日】玉樹ーチベット語では、ジェクンド、に向けて出発する。ノンストップバスで24時間、トラブルがなければ着く。今日はとても天気が良い。

このバスは、昼間は美しい草原をひた走る。文成公主がチベットに嫁いだとき、滞在したという、日月停も遠くにみえる(あれがそうだと、となりの中国人が教えてくれなければみのがしていたが)。

トイレ休憩。しかし、草原に仮設トイレはないので、岩陰にかくれる。

ここでは、高山植物の黄色いケシがてんこもりに咲いていた。チベット人の少女が根っこからひっこぬいていた。薬にでもするのかな。この花は4,000m級の高山にしか咲かない。少し息がくるしい。少女が、草原から道路にはい上がる時、手をかしてくれた(子供に助けられる…)。

夜中にバスが止まる。エンジントラブル、らしい。6時間、本休憩。

【7月14日 夜11時、宿に着く】2年前、シャワーさえもなかった宿は、超豪華ホテルに変身していた。値段は前の3倍、といわれたが「一週間いるから」といって、かなり値切れた。

玉樹は、アムド地方に比較的近いが、チベットの文化圏によれば、カム地方になるのだそうだ。ここから南下していくと、段々濃い、独特のカム文化に出会えるらしい。が、テントと体力のない私は、ここがギリギリかな。

【7月15日 街にでる】ホテルが大変身していたので、街の変化が気になったが、ここは、相変わらず、威勢の良いカンパ、カンモ(カムの男、女)でいっぱいである。

ここのチベット人は、男は体格がよく、精悍な感じの人が多く、男も女も民族衣装を日常的に着こなしているところが素敵だ。

【7月16日 一日中曇り 少女を市場で描く】ホテルがリニューアルされたので、部屋に立派なTVがある。西蔵電視台という、夜しかやってないチャンネルを毎晩見る。

ほとんど、中央チベットのラサのニュースだが、やることがなくなるとドラマもやる。文成公主物語なんていうのを時々やっている。衣装がゴーカ。

【7月17日】チョット体調不良。こういう日は、桃缶がきく。

【7月18日】大事をとって休む。3時過ぎに大雨が斜めに降る。

【7月19日】昼過ぎ、ようやく外に出る。雨が降っている。

雨の日のモデル探しは大変だ。道ばたに座り込めないもんね。屋根のあるところをうろつく。

ボロビルの階段の下で車座になっているカンパの集団に声をかける。絵を描かせて、というと、若い男は、冗談じゃない、と言う風に、私のタバコをつきかえしてきた。

外に出て、商店の前で冬草夏虫を売買している男のひとりに声をかけた。なぜだか、近くにいるオジサンの方が彼より早く私の言っていることを理解して、彼に解説してくれた(時々、このような世話焼きおじさんがどこからともなく、あらわれて、いっしょに説得してくれる。オジサン、アリガトウ)。

若い男は、店の扉を背に30分ほどつきあってくれた。カムの男は身体は厳ついが、こんな優しい眼をしてるんだ、と、描きながら思った。モデルになってくれたチベットのみなさん、本当にどうも有り難うございました。

【7月20日 西寧に帰るキップを買いに行く】玉樹は、標高3,600mくらい。大したこと(トレッキングとか)してないから、高山病にはならなかったけど、今日はバス停までの道が妙に遠く感じられる。何もしなくても、高山は疲れるのだ。

帰りに日本語で呼び止められた。西寧のバス停で少し立ち話をした青年だった。あのとき彼は、これからラサに行くと言っていたのに、私が玉樹の話しをしたら、そこも面白そうだと思って、先にこっちに来たという。地図一枚、持ってないのに、勇気あるな〜。若いな〜。お茶をして別れる。北京の留学生だった。

夕方、おいしいソバを食べさせてくれる回族のおじさんの店にお別れを言いに行く。ここは、チベット族もたくさん食べに来る。ソバが来るまでに、斜め向かいに座っているチベット人を描いたりする。こっそり描いてるつもりなのに、やっぱり、見つかってしまう。しかし、大概は、笑って許してくれる。

この日は、お店のおじさんがわざわざ向こうにいたチベット人にその小さいスケッチブックを見せるため持って行ってしまった。みんなゲラゲラ笑っている。よかった、怒られなくて。

カメラだと、レンズを向けるととても嫌な顔をされることがあるが、絵だとみんなが和んでくれることもある(もちろん、怒られることもあるけど)。言葉だけじゃないコミュニケーションを感じるとき、絵をやっていて、よかったと思う。

【7月21日 玉樹を出発】よい天気だ。が、バスがなかなか来なくて、身体が冷え切ってしまった。

ようやく来た寝台バスに乗り込む。席は、下段の奥の方、窓側。昼間は寝っころがって、4,000m上空のピカピカの雲を見られて上機嫌だったが、夜は途中から乗り込んできたヒッチの定員オーバーの客でバスは満杯。寝られたもんじゃなかった。

【7月22日 西寧到着】朝7時半には着いてしまった。行きは30時間、帰りは22時間を切っている。下りが多いんだろうか?

ほとんど寝てないので、一番近い前のホテルにまいもどった。安い部屋が空いているらしい。ラッキィー。しかし、すぐ、トイレが洪水。中国は甘くない・・・。

【追記】上海ー関空の帰りの飛行機の中で、スチワーデスさんに外人用のイミグレ・カードを渡されました。私は、何人?(雰囲気だけは、国際人、と言っておこう)

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