ダヤンウルスの御意見番、枚方の三好孝さんが、日本に住むチベット人のノルブ(仮名)とその奥様(日本人)のモモエ(仮名)そして彼等の長男クリリン(もちろん仮名)の里帰りにくっ付いて、インドに行かれました。その旅行記が面白い!さあ、いっしょに楽しみましょう。
2月12日、月曜日。朝焼けが美しいのでビデオに撮る。屋上から見るとガレ場の急斜面に棒杭を立て、それを柄として板を渡して床を作り、柱組みして家を作っているのが解る。地震や鉄砲水があれば、簡単に被害をモロに受けてしまうだろう。“人間”は、どんな悪い条件下でも営みをする。それは、天上界で悪事を働いた者を更生させるために、わざと地上に落とし劣悪な環境を与え、それに耐えて“人間としてまっとうに生きた者”は迎えてやろうという、道元禅師の性悪説を、洗濯物は干しながら考える。また「人間とはいかなるものぞ、我ゆえに我あり!」我、ニーチェのごとく哲学を暫しせん。赤、青、黄色のタルチョが旗めいている、ヤルシャンポイハリ(上方神降下の神嶺,)は、遥かに遠い。
チャンパがクリリンを連れて、朝食を誘いに来る。301号のノルブ達の部屋に行く。パレとバターが用意されてある。「これは?」と聞くと、「チャンパやシュールが焼きよるんよ」と言う。うぅ〜ん、パレっていうのは家庭でも焼けるのか?そういえば、ウチのヨメハンも「パンを焼いた」と自慢するが、あれは自動パン焼き器を使っての話しだ。そんなもの、このダラムサラには売ってないぞ。どうして作るのだ?何!フライパンひとつで出来るのだと?うぅ〜ん???はてなマークが三個も付く。
「小麦粉を適当に練って、ホットケーキのように焼くんです。本当に簡単、焼き上がりますよ」
モモエが、私のための紅茶を作りながら言う。
「うん、あ〜そう。——ところでノルブは何処に行ったんや?また、おらへんやんけ!」いつもながら私くし、ガラの悪い、喰らわんか(河内)弁が出る。
「いや、今日は、感心に朝早くから、リンポチェが帰られるとのことなので、頼まれて荷物の荷造りなどに行ってます」
モモエ、夫を誉める。私の記憶が正しければ、この旅行で始めてのことだ。
う〜ぅん、たまには夫婦の絆の強さを見せるときもあるのだ、と妙に感心する。
おや?そのポットは確か、チベッタン・コロニーはロセリングのドルチェーの紹介で買ったヤツではないのか?えぇ!?わざわざ、このダラムサラ迄持ってきたのかい!ほんま!いや〜ぁ、あきれますわ、感心しますわ!!そして、それでもって、それを毎朝、チャンパが、お湯を満杯に入れて、下のから持って来るの?ふう〜〜うぅ、あんたらは、節約家なぁ〜あ。
モモエ、そんなことオクビにも出さず、私に紅茶を渡す。おーい!そのプラスチックの、クリリンの熊チャンのコップは止めてくれ!それに日本製のその紅茶はアカン!それ、古いヤツと違うか?イト留めのホッチキスが錆とるやんけ!オレはあまりガタガタ言う性格違うけど、喰いものには「こだわり」を持ってるねん。小さい頃、家が貧しいかったから、中学を卒業したら、藤島タケオの「月の法善寺横町」の歌の通り、板前になりたかったぐらいやねん。もっとデリカシィーを持って欲しいなぁ。今日はせっかく入れてくれたから、顔立てて飲むけどなぁ。明日からは、英国王室ご用達のTWININGSを、持って来てるから、それに銅製のマイカップも持ってきたから、それにしてや、そして最後に砂糖はパルスイートのシュガーレスやでぇ!
「———ドライでもいいから、イースト菌があったら食パンが焼けるけど。天然酵母も存在するって、聞いたことがあるけど。——ふくらし粉でもあったら、パン屋さんがここで開けるけどなぁ。それからケーキ屋なんかも開店したら、大いに繁盛すると思うけどーー。紅茶もえぇけど、外人が観光に来るから、コーヒーなんかも出して、——本格的な喫茶店を開業しょう!」
1枚目のパレを食い終わる。腹は膨らむ、夢も膨らむ。
10時過ぎにノルブが帰って来る。顔が高潮している。その訳を聞くと、リンポチェより大事な用事を承ったと言う。リンポチェが以前に頼んであったチベット語の本が、ようやく3日後に届くので、デリーのチベット・ハウスに持ってきて欲しいと頼まれたと言う。その本が、どのような経路で入手されるかは、読者諸君の想像に任せるが、本好きのリンポチェが待望しているのであるから、相当なものであろう。信用されて大枚の金も預かり、大事な用事を任されたと、ノルブは大いに有頂天になる。妻のモモエも少し夫を見直し、私もちょっとだけ喜んでやる。そうなるとウキウキするのがチベット人の悪い癖で、狭い部屋には、じっとしていない。
「ミヨっさん、天気も良いから、ペェーゼカン(図書館)にでも行きましょうか?私も久し振りに出掛けたいと思いますわ!」
意外や意外、モモエが私を誘う。モモエもチベット化している。私に反対すべき特別の理由がなく、日本語のレッスンをしたがっているチャンパと、その頃には自由奔放な父親と無頓着な母親を必要としなくなったクリリンを、残して表に出る。
「道路が壊されている!」
ノルブが真顔で言う。えぇ!それも言うなら「改善している、または修復している」と、言うべきではないか?しかし、この現場風景を見る限りでは、ノルブの言葉の方が当て嵌まっている。
郵便局前を少し下った所で、「ここがチョコレート・ログと言ってケーキとパイは、なかなかイケますよ」と、モモエの説明を受け陽気な天気を楽しんでいたのだが、なるほどノルブの言う通りだ。見ると、インド人達が下水道管の工事をしている。しかしながら、その工法は、お粗末でズサンすぎる!まずシャベルカーなどの重機がないから、手掘りだ。スコップは日本のように“米式”ではなく、“エジプト式”の突き棒式で、力ばかりいる効率性の悪いヤツだ。1.2〜3メートルの深さまで掘るのだが、親方か兄弟子が掘り役をし、一番下の小僧が穴の上から、シャベルの柄に括り付けてあるロープを引っぱり上げ、少しばかり仕事を手伝ったというあんばいだ。これだと、上に土を持ち上げるまでに2人のタイミングが崩れてしまうと、半分は穴の中に落ちてしまうのだが、おまえら“効率”という言葉を知らんのか?ましてや、この付近は山岳地であるから、ものの10センチも掘れば、砂岩に当たり、さらに掘り進めば小中の石で、さらにその先は、100キロをゆうに越え、2〜3メートルからの大石にブチ当たる。その時は、彼らは日永1日コツコツと、ノミとトンカチで、その石を砕くのである。つまり2千年前から同じ手作業である。日当50ルピー、1日でも長くやれば彼らの生活が成り立つのである。また、土管の埋設が終って埋め戻しをする訳であるが、圧窄機など無いので、これまた人力で埋め戻すのである。しかし、埋め戻したあとを人間の足で一時的に踏み固めても、なかなか埋め戻しが効かず、時間が立つ事につれて“へこみ”となり、雨などあると一気に“穴ボコ”が出来てしまうのである。これがノルブの言うところの「壊されている!」と叫ぶ所以である。正直のところ、それらのデコボコになった場所は、善意ある者が外部から土を持って来なければ、100年も200年も、悠遠に同じ状態である!それがテクチェンチュ−リンロ−ドの起点から終点まで、ずっとずっと続くのである。
「ここが亡命政府の内閣府です。そしてこの建物がチベット図書館です。中に入ってみましよう」
モモエに勧められて入館する。ところが誰もいない!休館日でもないのに、深閑として、猫の子、鼠一匹としていない。やはりローサル(旧正月)の影響だろうか!人々の歓心は迎春用の買い物で、ロウワ・ダラムサラなどの町へ出掛けて行ってしまっている。アッパー・ダラムサラに、あれだけ外人が多く滞在しているのに、関心度があまりにも無さ過ぎる。それとも日本人のなんでも見てやろう的は、いまどきは流行らないのかも知れない。
「ここが初級教室で、3ケ月間習い、そのあと、向かいの部屋で3ケ月間、中級クラスとして学びましたーーー」
ダラムサラで8ケ月の間、1人淋しさに耐えてチベット語を勉強したと言う、
モモエの生真面目な声が、し〜んとした建物の壁に吸い込まれて行く。
図書室内に入る。だが書物がない!日本の図書館のように好き勝手に、手に取って見てくれ!的に並んでいない。わずかに3〜4年前の雑誌が広い書架に、ぽつ〜り〜と4〜5冊があるばかりで、明け方のコンビニーの、売れ残りの弁当よりも極端にない。
「以前は、もっとリラックスした感じだったのですが、心ない閲覧者がページーを破ったり、書き込みを入れたり、もっと悪質なのは、持ち帰ったりするので、申込書形式になったんですよ」
モモエが真摯に言葉を添える。そうか!ここでは雑誌といえども、大変貴重品なんだ。早くチベット語専用のコンピューターが出来、パソコンサイドにも発展すると良いのに、そうすれば、もっともっと子供達に良い本が多く読めるようになるのに、勿論その他の大勢の大人達も、その恩恵に預かるだろう。バラ肉状になりつつある腹を、摘みながら考える。
「ミヨっさん、こっちこっち、こっちでマニコロ(マニ車)を作っているよ」
ノルブの声が、建物内に木魂する。見ると、ノルブはもう3階に上がっている。呼ばれた部屋に入ると博物館的に、スノーライオンらしき写真やチベットの古い貨幣が並べてあるガラス戸棚が、4台ばかり設置されてある。
あっ!その中に見覚えのある札がある。立て寸14センチ、横幅20.5センチのオレンジ色の札がそれで、絵柄は表面が菩提樹の下に右手に薬壷、左に数珠を持ったお坊様がおり、従者と鹿と鳥が取り巻いていて、裏面は宝物を唐獅子が持ち上げている。98年夏、小野田教授に案内されて行った“ラサ”、その旅で同室した谷口君が、私に呉れた“チベット政府発行の古い札”だ。そのあと半年後に、谷口君が急逝したので、今は遺品となって私の手元に残っているものと同じだ!相当、文化的価値も高くあるように見え、しっかりと錠がなされている。帰国したら本棚より金庫の中に、大事に保管し直そう!
